最終宇宙航行記録
半熟たまご
第1話
DeSTINY計画
宇宙旅行記録
39XX年、宇宙進出を成功させた人類は、果てを目指して航行する「DeSTINY計画」を行った。
しかし計画は失敗。船は事故により喪失、乗組員も全員死亡したものと思われていた。
43XX年、喪失した船の乗組員と思われる人間から何度か通信を確認。
以下はその通信記録である
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DeSTINY号より
星間航行中、事故によりしばらく通信ができなかった。機器の復旧が完了したためおおよそ10年おきにデータを送信していく。
出発より地球時刻で51年と4ヶ月、事故より41年と4ヶ月。すでに所定のコースをはずれ、観測不可能領域に突入。残った船の残骸を組み合わせた「DeSTINY-PIECE号」でコールドスリープを繰り返している。
DeSTINY号のメイン推進機であるイオンパルスエンジンにコックピットブロックと使い捨ての緊急着陸船、申し訳程度のアンテナを数本引っ付けた粗末な宇宙船はヴォイド空間をひっそりと飛んでいる。
10年おき、もしくは1光年以内に天体があった場合目覚める様にしている。そうして起きた時はこれを書いている今のようにコンピューター機材と布団を詰め込んだ着陸船で記録を書き、届くかわからない故郷の星にむけ送信している。
船のほとんどの体積はイオンエンジンと食料、燃料庫が占めているため生活スペースは部屋ひとつにつき少し大きめのダイニングテーブルの下くらいの大きさしかない。足はギリギリ伸ばせるかくらいで、コックピットブロックなんで戦闘機の操縦席程度の広さしかない。しばらく立ったり歩いたりした覚えがない。
孤独だ。
イオンエンジンは凄まじい推力を生み出す。加速を続けたおかげで今は光速の57%。現在地はヴォイドの中心だ。
星の光が届かない。仲間の声はもう聞こえない。バッテリー節約のため最後に残ったロボットも沈黙を続けている。
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出発より地球時間で58年2ヶ月、事故より48年と1ヶ月。
遭難して初めて一光年内に物体を確認。確認されているどの文明の大型宇宙船よりも巨大だ。
圧縮食料はのこり2年半分、イオンエンジンも燃料残量が20%を切っている。
補給が望める可能性あり。もしかすると生命体がいるかもしれない。
接近して観測した結果、大型の構造物だった。宇宙用コロニーの様なもので正方形と流線型を合わせた様な作りになっている。
正方形側に進入可能そうな場所を確認。船をつける。
久々に宇宙服を着用した。宇宙服は自動装着され、装着完了と同時に外に出る仕組みだ。構造物内部のデータ記録開始
正方形の側面に空いた穴より進入。中の構造も全て四角の立体で構成され、その全ての面に幾何学模様のような物が施されている。扉の前に立つと幾何学模様に光が走って開いた。おそらくここ一体がコンピューターの様な機能を持っているのだろう。
外に出る。
砂だ。一面に風紋ひとつない砂漠が広がっている。
高低差あり。入り口より左から右に向かって下り坂である。上を見上げると雲ひとつない青空だ。
坂を下る。
下るにつれ草が生えてきていつの間にか草原に。さらに進むと草むらの終わり、砂浜と波のない海があった。
草むらと砂浜の境は線路で分けられ、延々と伸びている。
線路に沿って歩いていく。
小さな建物を見つける。海の前に佇んだ銀色の流線型の壁とガラスでできた奇妙な建物だ。
自動ドアと思われるが開かないためこじ開ける。
相当な時間放置されていたのか、足跡がつくほどに分厚く均一に埃が積もっている。
生鮮食品と思しき物もあったが乾燥しているのみで腐敗はしていない。
風すら吹かない、同じ種類の植物の草原、無菌状態。ここを作ったやつは完璧な世界でも作ろうとしていたのだろうか?
さらに奥へ。
今の所、草原の植物以外に生命体を確認できていない。海の成分を調べたが超純水に近い状態で保たれている。
空がきえ、ガラス越しに宇宙が見える。空はホログラムだったらしい。
景色が自然から人工物多めになってくる。
通路が立体的に伸び、まるで絡まっているようだ。
遠方の文明の宇宙船と類似したものを造船していたようだ。おそらく武器であろうものを多数搭載していることから宇宙戦艦でも建造していたのだろう。
無数に繋がる通路は迷路のようで行き先がわからない。多くの通路はコロニーの奥へ無限に続いているがいくつかは天井に向かって伸びている。
ジェットパックを使用。上へ向かう。
上を向いた急傾斜の階段に着地、通路にぶつかるまで登り続け、見つけた螺旋階段を登るという様にとにかく上をめざす。
最上層にたどり着く。
今までと違い、人工的だが工業的ではなく、神秘的。また、誰かがいた形跡あり。
死体が転がり、道の端々がひび割れ、所々焼けたように黒ずんでいる。死体は裂傷があるものが多いがあいもかわらず腐敗していない。やはり無菌状態で保たれていたようだ。
空のホログラムは画面を叩かれたモニターの様に表示が乱れていて、所々天井が覗いている。
このエリアでは宗教的な何かを感じる。
道の両側にある壁面装飾は体内を想起させる造形に削られて、一定間隔で男性器を思わせるモニュメントが施されている。
参道?を通り続けると案の定、子宮を模した形の教会があった。
信仰の対象が女性、もしくは誕生にまつわるものであると推測できる。
胎内に戻り、参拝し帰ることでもう一度生まれ変わるとでもいうのだろうか。
死体の種類と配置を見るに教会に立て篭もるものと、そこを攻めるものの戦いがあったのだろう。教会に近づくにつれ武器を持っていなかったり、女子供の死体が増える。
教会の扉に到達。扉は頑丈に閉じられていたため爆薬で開錠、進入する。
建物の中はゴシックとガウディの建築を織り交ぜたような、綺麗だがなんとも奇妙で少し気持ち悪い造形だ。ガラス天窓の大広間があり中央に御神体のホログラムAIが鎮座している。
真っ白のコケシみたいなキノコみたいな形をしたそれは私がここに侵入してきた時からずっとこっちを向いている。
「 」
「 」
「 」
白いコケシはたくさん言葉を投げかけてくる。が、語りかける言葉はヘルメットに記録されたどの言語にも当てはまらない。
一応、手を合わせておく。勝手にこのコロニーに入って、勝手に扉を壊して教会に入ったのに、何もせず帰るのは流石に非礼だろうという自分勝手な理由だ。
見たことのない参拝方法にコケシは首?をかしげていた。
大広間からは左右に通路が伸びている。
左利きのため左を選択。
装飾がより気持ち悪く、理解できない道具、器具が並んでいただけで特にこれというものはなかった。
最上層には特に食料も燃料もなかったため少し下って造船所のエリアに向かう。
宇宙船は知っているものがあったため規格のあうものくらいはあるだろうと予想。
ロープを上にかけて滑り降りるように下にある造船所へ行く。
宇宙戦艦といえどさほど昔の宇宙船と変わりない見た目で、大昔地球の周りを回っていた宇宙ステーションに大砲と戦闘機をくっつけただけの様なものである。そのため規格が合うものはいくらでもあるだろうし、燃料タンクもドッキングによる外部接続のため船の中にいかなくても外からすぐ見つけることができる。
予想的中。
イオンエンジンに使用可能な燃料を発見。ついでにまだ動く貨物用ホバーカーを見つけたため多くのものを持ち帰れそうである。
あとは食料を探したかったがこちらも簡単に見つかった。
おおよそ10年分確保。これだけあればコールドスリープを挟みつつで60年は持つだろう。
ホバーカーで大荷物と共に来た道を戻る。造船所をぬけ海と草原のエリアに差し掛かった時、ポツンと草原の真ん中に白い扉が置いているのが見えた。
行きでは見なかったはず。
扉の周りだけなぜか雨が降っている。他の地形は均一な傾斜なのにここだけ地形がえぐれ水平面に扉が立っている。
濡れながらドアノブをひねる。
何も起こらなかった。
扉をくぐり、濡れたヘルメットのガラス面を手で拭いながらホバーカーに乗り、「DeSTINY-PIECE号」に向かう。砂漠を通り抜け正方形の幾何学模様の部屋に戻る。
イオンエンジンに燃料を補充、食料の積み込みを済ませる。構造物探索の記録を終了してハッチから宇宙服を自動脱着し、また低い天井の宇宙船に乗り込む。
やたら広いとこにいたせいで船内がいつもより狭く感じる。
宇宙コロニーの周回軌道をぬけ、また永遠の航路に着く。
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出発より地球時間で68年と4ヶ月、事故より58年と4ヶ月。
六回目の起床。
ヴォイドをぬけていたようで、ようやく星の光を拝むことができた。
推進力、姿勢制御、気圧、航路異常なし。
久しぶりに起きたので飯にでもありつこうと思う。宇宙航行での食料は固形食料ばかりではない。多くを占めるのはコールドスリープ時の点滴だ。
ただ寝てばかりだと消化器官の機能が低下するため定期的に起きて固形食料を口にしたほうがいいらしい。
私が使用しているコールドスリープは3年に一度起きることを推奨するものだが、そんな頻繁に起きると食量が一瞬でなくなるため健康を放り捨てとにかく生きる方向にシフトしている。
久々の食事で消化器官が驚かぬ様に、半分食料節約のため薄く薄くした飯を頬張る。
水は飲むためのものを混ぜる。ここでは徹底したケチを実践しないと生き残れない。
とはいえ前回、初の食料の調達を行えたため、祝杯でもあげてやろうかと思う。
シチューかカレーの様に見える具の入った液体とほぼ缶パンの様な見た目しているやつ、あとはなんも書いていない銀の袋を頂こうと思う。
シチュー(仮)
もちろん初めての味。煮っ転がしの汁に酸味を足した感じ。具は大根とかなり類似。想像とは違うが美味かった。本当はビーフシチューが良かった。
缶パン(仮)
嫌に白い。たまに洒落たパン屋で見る白いパンより白い。
味は少々苦味はあるものの思ったよりパン。食感は中華まんの外側。
銀の袋
ドライフルーツを想像して開けた私がバカだった。
中身はあまりにグロテスクな八本足のぶっとい乾燥された食用虫だった。
ただ意外と味は悪くなかった。目を瞑ればサクサク食感のスナック。
開けたものは仕方がないのでシチュー(仮)で流し込んだ。
贅沢はきかぬ身だが、できれば二度と食いたくない。
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出発より79年、事故より78年と11ヶ月。
七度目の起床。
推進力、気圧は問題がないが姿勢制御と航路に異常あり。
超重力天体、おそらくブラックホールに引き込まれている。
本艦はブラックホールに向けて加速中で、計算ではおよそ14日と43時間12分後に激突する。
一世一代の大勝負にでる。
ブラックホールの超重力を使用しスイングバイする。
今の船の総推力では接近しすぎると離脱できないため残り10日丁度でフルスロットルにする。
これより起動調整の計算を行う。
一応失敗する可能性のあるので遺書を送信しておく。
1028光年離れたこの地から故郷に届くかはわからないが。
父さん、母さん、育ててくれてありがとう。何があっても諦めるな。絶対に生きろ。その教えを信じて私は今ひとりぼっちで宇宙を飛んでいます。
最近食った飯は宇宙人用の食料で、酸っぱい煮っ転がしの汁みたいなのと気持ち悪い虫でした。
日本食しか認めない、海外の飯はあまり美味くないなと思っていましたが、そもそも地球の飯のレベルが高かったんだなと痛感しています。あの時のこした漬物も今なら美味い美味いと言って食えることでしょう。
宇宙船の中はとても狭かったです。机の下ほどしかありません。我が家に帰ってフカフカのベッドで寝て、母さんの飯食って、父さんとくだらない話をしながらまた酒が飲みたかった。
突入角度計算完了、スラスター噴射タイミングプログラム設定完了、接近による外界との時差およそ62年。
船はガラクタの寄せ集めのため、自分は宇宙服を着用した上、比較的頑丈である着陸船の中にいることにする。
コックピットブロックに久々に起こしたロボットを搭乗させる。
着陸船内に敷き詰めた布団を片付け、代わりに慣性緩和のためリニアシートを設置。
ホロモニターをロボットの視点とリンクして遠隔操縦をする。
必要のないプロペラントとコンテナをパージ。スイングバイが成功すれば目的地点に到着できるはず。死ねばそこでおしまいのためできるだけ総重量を軽くして重力を振り切りやすくする。
スイングバイ開始予定時刻10分前、行動開始。
タイプライターによる記録が困難であると予想されるため音声記録に切り替える。
______________音声記録開始__________________________________
コックピットとの接続は良好。懸念点は予想よりスピードが速いことだ…
軌道計算の修正を行う…計算所要時間は2分か。駄目だ、遅すぎる。手動操作切り替え…無理だ完全に引き摺り込まれ始めたな。
スイングバイ失敗。速度が上昇し続ける、計測不能!すごいGだ!
ブラックホールに突入する。リニアシートの慣性緩和を起動。現在高重力で船が軋んでいる。
事象の地平線を越える。スイングバイプログラムを中止し、ブラックホールのデータ採取を行う。
冥土の土産にこの謎多き天体の真実でも持ち帰ってやる。
外壁が損傷、重力によるダメージがひどい。岩だ、こっちに来る。回避不能!ぶつかった!
コックピットブロック損傷!ロボットとの通信が途絶えた、操作不能!
光が見えない!
モニターに何も映らない!手元の液晶の光が星の中心に引き寄せられてる!
何かが船体を叩きつけている!このままじゃ持たない、ぶっ壊れる…
おいおいおいおい…どうなってんだよ!俺の目が確かなら後ろから俺の船が来ている…前にもいるぞ、バラバラになった!意味がわからん、前後の時間の自分かあれは?
船体損傷率60%を超過!もうだめだ緊急脱出する!
______________音声記録終了_________________________
______________________________________
手元の液晶が生きていたため記録を残しておく。
時刻不明、現在地不明、船は喪失。
妥当に考えるなら死んだとするのがいいが、あいにく審判を下す閻魔もいなければ、楽園へ導いてくれる天使もいない。
永遠に砂浜が続いている。たくさん水溜りがあるが植物は見当たらない。
水溜りの成分はキットによる解析結果、水と出たがオイルの表面のように虹色に輝いている。所々に大小様々な水の球体が浮かんでいる。
湿度が高い。ヘルメットのガラスが割れているにも関わらず息ができていることから大気は存在している。
空は色とりどりの星雲が漂っていて、振り返ると宇宙が、自分が向いている側には星はない。
宇宙の、果てだ。
まだ砂浜は奥に続いている。歩き続ける。重いと大変なので宇宙服は手元の液晶と色々入っているベルトを除いて脱ぎ捨てる。気温は過ごしやすい程度に涼しい。
歩き続けておおよそ4日。大きく損傷した「DiSTINY-PIECE号」を発見。
脱出のため弾き飛ばした窓から中に入る。
少々の損傷は見られるがブラックホールのデータは回収できていた。
凹んだコップを見つけた。
まだ事故に遭う前、仲間がいた頃に使っていたものだ。
遠心力を利用した重力エリアがあったため、飲み物を輸血パックみたいな容器からではなく、コップに注いで飲めていた。
事故で死んでいった仲間たちのため調査を続行すると心に決めたが、来るところまで来てしまった今、もう次は何を目指せばいいのかわからない。
宇宙の果てはあった。でもそこには何もない。何十年もかけて漂うデータもメッセージも地球には届かないだろう。
食料もなくなれば死を待つのみになる。
まだ、舞えるかも。
メイン回路のスイッチを押してみる。
希望的観測も虚しくカチリと感触がしただけで、船体のメインシステムが再び目覚めることはなかった。
崩れ落ちたシートに身を委ね、死を待つことにする。
壊れかけのブラックホールのデータと音声記録とともに、これを最後の通信とする。
通信終了
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44XX年
送信されてきたブラックホール内のデータにより重力方程式が完成、これによりワープ航法が確立された事で人類宇宙移住計画「方舟計画」が始動。
また、この計画の宇宙船「Ark ONE号」の行き先として彼が行き着いた宇宙の果てが選ばれた。宇宙の果てはその外縁を突破した先にあるのだが、膨張を続ける宇宙相手に通常航行でそれを行うのは不可能のためワープ航法を利用するのだそうだ。これもあくまで希望的観測、しかし、どれだけ無茶だろうと確率が低かろうと何かしらのアクションを起こさねば結果はやってこない。その一縷の望みに賭け彼らは旅立つのだそうだ。
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永遠に続く浜に墜落した船の中、男の姿はない。ただ向こうに足跡が伸びているだけだ。
死にきれなかった男の旅もまた、永遠に続くことだろう。
Fin.
最終宇宙航行記録 半熟たまご @Mari-HanjukuTamago
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