第10話激闘の果てに

《第一部:後半戦の攻防〜PK突入》




仙台ジュニアFCイレブンは、前半をスコアレスドローで終えた。


後半は選手の入れ替えも含めた戦術をとる。そして、いよいよホイッスルが鳴り、後半戦が再開される。真斗は、再び苦竹のマークについた。




苦竹は息を荒くしながらも、胸の奥に熱いものを感じていた。


(ここで負けられねぇ――)


チームの期待、そして自分自身の誇りが燃え上がる。




「お互い負げらんねぇな。おらにも意地あんだし、チームのために頑張ろうぜ」




真斗に語りかける苦竹の声には、覚悟と挑戦の気持ちがにじんでいた。




「おめぇさ、俺がどれだけこの試合にかけてるかわがってんのか? ここで負げだら、全部が終わるんだ。最後の一滴まで絞り出してやるべ」




真斗もまた、負けられない闘志を燃やしていた。


敵としてマークしているが、そこには同じ覚悟を持つ者への敬意がある。




「あぁ、おらも譲れねぇもんあんだ。試合終わるまでは敵だべな」




「ガチンコでマッチアップしようぜ」




そう言い合いながら、互いに激しいマークが始まる。


真斗は苦竹の一挙手一投足を見逃さず、絶対に自由を与えまいと決めていた。


一方の苦竹も、そのマークを振り払うべく必死に動く。




「真斗、おらを止めてみろよ! どこまでやれるか、思い知れ!」




相手のエースが徹底的にマークされていることで、苦竹のチームはパスが回らず、攻撃のリズムを崩していた。


仙台ジュニアは白石を中心に細かくボールをつなぎ、隙を探る。




そして、相手ディフェンダーがパスを出そうとした瞬間、修斗が鋭くボールを奪い、前線へロングパス。反応したのは、後半から交代で入った真紀だった。




ユリは真紀を呼びながら、心臓が高鳴っていた。試合の緊迫感と、仲間への信頼が交錯する。




「真紀~、こっち〜!」




真紀に正確なパスが通る。そこへ徹が左サイドから猛然と駆け上がった。


ユリからのパスを受けた徹は、背後から苦竹が全力で追ってくるのを感じていた。




(……あれだけ走っていて、まだこんなに速ぇのか)




驚きと焦り。それでも――




(今までの練習、全部この一瞬のためにやってきた)




徹は軸足に力を込め、渾身のシュートを放つ!


だが――ボールは相手GKに弾かれた。




一瞬、時が止まったような静けさ。


それでも、まだ終わっていない。




「絶対に、ここで終わらせねぇ。まだまだやれる……負けらんねぇ!」




そう心に誓い、徹は再び走り出す。




試合時間は刻々と過ぎ、後半アディショナルタイム。表示は「+2分」。


もうワンチャンスあるかどうかという時間帯だった。




互いに一歩も譲らない攻防が続く。


仙台ジュニアが右サイドで仕掛けるが――




ピィーーーーーーッ!




後半終了のホイッスルが鳴った。








第二部:延長戦とPK戦、運命の勝負》




監督が選手たちを迎え、声をかける。




「みんな、よう動けてた! ええぞ。延長も、サッカーを目いっぱい楽しんでこい!」




「はい!」




岩出コーチも素早く指示を出す。




「タッチラインを割ったら、ロングスローで崩すんだ。相手の守備を揺さぶれ! チャンスはある!」




そして、延長に向けて選手を2人交代。前線に厚みを持たせ、攻撃の手数を増やす。




延長戦、残された時間はわずか10分。


前後半合わせてたった10分──けれど、勝敗を決するには十分だった。




ピッチでは互いの意地が真っ向からぶつかり合う。


攻めれば跳ね返され、奪えば奪い返される。




気温はもう、夏のような暑さではない。


秋特有のひんやりとした空気のなか、選手たちは必死に走る。




そのとき、右サイドの競り合いで相手に当たったボールが、タッチラインを割った。




副審が旗を上げる。




「チャンスだっちゃ!」




ベンチから岩出コーチの声が飛ぶ。




「ロングスローだ! 崩せるぞ、焦んねで繋げ!」




ユリがすぐに駆け寄り、ボールを真紀に託す。




真紀は深く息を吸い、助走をつけてロングスローを投げ込んだ。


ボールは鋭い放物線を描いてゴール前へ。




混戦──こぼれ球に、徹が反応!




「……っ、これだっ!」




左足で渾身のシュート!


しかし、わずかに相手DFに当たり、コースが逸れる。




「惜しいっちゃ!」




観客席からどよめきと拍手が起こる。




「今の形だ……ロングスロー、効いでる!」




岩出コーチの声がベンチを鼓舞する。




希望が、再びチームに灯る。




再び、右サイドから展開。


今度もタッチラインを割った。


真紀がすかさずボールを拾い、もう一度ロングスロー。




放たれたボールは相手ゴールの正面に落ちる!




「徹、来いっ!」




ユリが叫ぶ。


徹が全力で身体を投げ出す──が、相手DFの足が一瞬早く、ボールを大きくクリアした。




ボールはセンターサークルを越え、空高く跳ね上がる。




ピィーーーーーーーーー!




延長終了のホイッスルが響いた。




あと一歩、あと少し──


それでも、決着はつかなかった。




ユリはその場に膝をつき、拳をぎゅっと握る。


徹は無言で彼女の前に立ち、手を差し出した。




「ユリ、まだ終わってねぇ。次はPKだ」




──そして、ゴール前では道也が黙って手袋を締め直していた。




チームの命運は、彼の手に託される。




岩出コーチがつぶやく。




「ロングスローは、よう効いだ……でも、次は“心の勝負”だな」




──秋の大会、決勝戦。


小さな選手たちの、運命の最終局面が始まろうとしていた。




最終章:勝利と、はじまりの予感》




試合は、ついにPK戦へ突入した。


張り詰めた空気の中、仙台ジュニアFCの円陣の中心に立ったのは──キャプテン・ユリ。




「PKも、みんなで勝ち取るよ。大丈夫。信じて、蹴ろう」




声は小さかったが、言葉には不思議な力があった。


仲間の肩に自然と力が宿り、皆がうなずいた。




ユリは、自ら最初のキッカーとして前へ出た。




(キャプテンの私が、まず決める──)




秋の乾いた風がユニフォームを揺らす。


深く呼吸し、助走。相手GKが動いた一瞬を見逃さず、迷いなく蹴る!




──ボールは、ゴール左下へ吸い込まれていった!




拍手がスタンドを包み、ベンチも歓声に沸く。


それでもユリは静かに小さくうなずいただけだった。




「よし、まず一本──」




PK戦は一進一退の攻防となり、相手も譲らず得点を重ねていく。




3人目まで終わってスコアは3対3。


4人目も互いに決め、5人目──




仙台ジュニア最後のキッカーは、徹。




重たい空気の中、ベンチからも応援席からも視線が注がれる。


だが徹の心には、あの言葉がよみがえっていた。




(ユリが最初に決めた。なら……オレも!)




肩の力がふっと抜けた。


ゴールをまっすぐに見て、助走──右足を振り抜く!




──ボールはキーパーの指先をかすめ、ゴール右隅へ突き刺さった!




「よっしゃぁぁ!」




歓声がベンチに響く。


だが、相手チームも5人目を決め、PK戦はサドンデスへ。




6人目、7人目、8人目……


秋空の下、緊張の時間が長く伸びていく。




──そして、10人目。


仙台ジュニアのラストキッカーは、秋田圭介。




唇をきゅっとかみしめる圭介。


ベンチからの声援が、背中を押す。




「圭介、大丈夫だ! おめ、練習でずっと決めできたべ!」




その声に静かにうなずいた圭介は、ボールを丁寧にセットし、踏み込んだ。




シュート──


ゴールネットが、大きく揺れる!




決まった──!!




「うおおおおおっ!」




歓声がグラウンドを包み、ベンチの仲間たちが雪崩れ込むように圭介へ駆け寄った。




圭介が泣きながら両手を突き上げる。


抱きしめる仲間たち、そして、笑顔と涙が入り混じる光景。




──仙台ジュニアFC、秋の大会、優勝!




ピッチ中央で両チームが向き合い、静かに深く一礼。




苦竹と真斗も、最後は歩み寄って握手を交わした。




「……マジで、強かったな」




「おめーらだって……最後まで諦めなかったの、しびれたっちゃ」




「悔しいけど、これは……紙一重の勝負だったな」




「んだ。……でも、ぜってぇ次は勝つべ」




交わした手には、戦い抜いた者だけの誇りが宿っていた。




原町監督は一人ひとりを抱きしめるように迎える。




「おめーら、最後までよくやった。ほんとに、最高のチームだ」




岩出コーチも、圭介の肩をそっと叩いた。




「よう決めたな……あれが本物のシュートだ」




そのとき、ユリはふと、試合前のやり取りを思い出していた。




(……優勝したら、徹とデート……)




頬が一気に熱くなる。




「な、なんで今、思い出すのよ……!」




ちょっと離れたところにいた徹も、頭をかきながらそっと呟いていた。




「……やべ。ほんとに行くことになるとはな……」




それでも、その背中にはどこか照れくさくて、あたたかい喜びがにじんでいた。




──夕暮れ迫る10月の空の下、選手たちは記念撮影をしながら、最高の秋の一日を心に刻んだ。




秋の夜、あたたかな絆と小さな決意》




夕暮れがすっかり深まり、選手たちを乗せたバスは帰路についた。


車内は優勝の興奮が冷めやらず、お祭り騒ぎのようだった。




「優勝!」


「圭介、神だったべ!」


「オレのPKも見たか? ビシッと決めでだぞ」


「はぁ? 道也のスーパーセーブがなかったら、ここまで来れてねぇっちゃ!」




制服のまま席を立ってはしゃぐ者、


天井のリボンを引っ張って遊ぶ者、


コーチに「座れ〜!」と怒られてあわてて戻る者──




笑い声が絶えない、にぎやかなバスの中。




一方、徹は窓際に座り、静かに外を眺めていた。


目の前を流れる秋の夜景──紅葉が色づき始めた街並みに、オレンジの街灯がぽつぽつと灯る。




(……ほんとに、デート、するんだ)




試合前にユリと交わした、あの軽いようで真剣な約束。


現実味を帯びてきた今、徹の心臓は試合中よりも早く鼓動を打っていた。




反対側の席では、ユリもまた窓の外を眺めていた。


頬にほんのり赤みを残しながら──




(……徹、あのこと、覚えてるかな)




からかうつもりだった。けれど、嘘じゃなかった。


この人となら、きっと楽しい時間が過ごせる──


そんな風に、自然と思えたからこその一言だった。




その時──




「ユリ〜、飴ちゃんあげる〜!」




「ありがと、真紀」




飴玉を受け取って、微笑むユリ。


ふと、ちらりと視線を動かすと、そこにはまっすぐ前を見つめる徹の横顔があった。




(……やっぱり、言ってみようかな)




でも、言えない。


秋の夜の静けさと騒がしさが入り混じるバスの中、


気持ちだけがそっと揺れていた。




──そのとき、徹が立ち上がった。




ざわめきがふっと遠のいたような気がして、ユリは顔を上げた。




「……あのさ、ユリ」




「……うん?」




目が合った瞬間、バスの振動すら感じなくなる。




「……今日、帰ったら……ちょっと、電話してもいい?」




ユリは小さくうなずいた。




「うん。いいよ」




それだけで、ふたりの間に静かで、でも確かな何かが芽生えたように思えた。




隣でニヤニヤしていた真紀が小声で囁く。




「ふふ〜ん、青春っ♪」




「も〜、からかわないでよっ!」




──徹は苦笑いしながら席へ戻った。


その背中には、今日一番の頼もしさがにじんでいた。




夕闇の中をバスは進み、やがて街に戻ってきた。




選手たちはユニフォーム姿のまま家族の元へ。


迎えの父母たちの拍手と声援が、夜風に包まれて響いた。




「ユリ、おかえり! 優勝おめでとう!」




「徹も最高だったぞ!」




名取家の両親が駆け寄り、兄の大志もそっと笑みを向ける。


大船家からは、元気いっぱいの妹・翼が笑顔で手を振っていた。




「お兄ちゃん! おかえり! PK、すっごかったね!」




徹は照れくさそうに笑い、妹の頭を軽く撫でる。




「ありがとな、翼。見てくれてたか?」




「うん! ユリお姉ちゃんもかっこよかったよ!」




──その夜。


名取家と大船家は、ささやかな祝勝会を開いた。




テーブルには秋の味覚が並び、唐揚げ、南瓜の煮物、きのこの炊き込みご飯、栗入りのデザートまで。




「さぁさぁ、いっぱい食べんさいね〜」


「翼も、ちゃんとお野菜食べてね」




和やかな笑い声がリビングを包み、


試合の話で盛り上がる子どもたち。


大人たちも、子どもの成長を喜びながら、互いの家庭を労い合っていた。




──楽しく、温かい夜だった。




やがて祝勝会もお開きとなり、秋の夜風に見送られながら、それぞれの家族が家路につく。






《秋の夜、通話の向こうに揺れる灯》




名取家の夜は、穏やかで、あたたかだった。




祝勝会を終えて帰宅したユリは、リュックを部屋の隅に置くと、そのままお風呂へ。


お湯に肩まで浸かり、目を閉じると──




──パスが通った瞬間。徹の声。仲間の笑顔。


そして、ゴールネットが揺れた感触が、脳裏に鮮やかによみがえった。




「……ほんと、夢みたいだった」




けれど、夢ではなかった。


みんなでつかんだ、あの優勝は、確かに現実だった。




風呂上がり。まだ髪が少し濡れたままのユリは、自室に戻るとベッドに腰を下ろし、スマホを手に取った。




──通知ランプがひとつ、点滅している。




開くと、徹からのメッセージ。




「今、ちょっと話せる?」




ユリの心臓が、ドクンと鳴った。




深呼吸ひとつ。




「うん、大丈夫だよ」




すぐに着信が鳴った。




「……もしもし」




「……ユリ?」




低く、けれどどこか緊張を含んだ声。


画面の向こうにいる徹が、手のひらで汗をぬぐっている姿が、なぜか想像できた。




「うん。……徹、ありがとね。今日、一緒に戦ってくれて」




「……おれこそ、ありがとな。ユリがいてくれたから、最後までやれた」




電話の向こう、窓を少し開けたらしい。


虫の声と、かすかな風の音が混じって聞こえてくる。




「……でさ、覚えてる? 試合前に、ユリが言ったこと」




「え? なに、だっけ……?」




ユリはとぼけてみせた。けれど、内心ではわかっていた。


あの、ちょっと照れくさい約束。




「ほら……優勝したら、デート、って……」




「……ああ、それ……」




沈黙。


だけど、嫌な沈黙じゃない。


胸の奥が、じんわりと温かくなるような──




「オレ、行きたいと思ってる。ユリと、ふたりで。ちゃんとした場所。ちゃんとした、時間」




ユリの顔が、ほんのり赤くなる。




「……ふふ、ちゃんとした、ね」




「ダメだったら、言って。無理は、してほしくねぇから」




「ダメじゃないよ」




ユリは、ゆっくりと、ことばを選びながら言った。




「……私も、行きたい。徹と、ちゃんと……」




秋の夜風が、窓の外で少し強く吹いた。


それが、ふたりの心にたまっていた緊張を、さらりとさらってくれるようだった。




「そっか。……よかった」




徹が、ほっと笑ったような声を漏らす。




「じゃあ、今度の土曜……ちょっと遠出してみねぇか? 動物園見に行こうよ」




「うん。楽しみにしてる」




画面越しのふたりは、もうひとことも言葉を交わさず、


ただ静かに、繋がったままの時間を味わった。




秋の大会の、静かな夜。


新しい何かが始まる、そんな予感だけを胸に──


ふたりは、おやすみを言い合い、通話を切った。




──その夜、ユリは深く、静かに眠った。


夢の中で見たのは、誰かの手を握り、並んで歩く夢だった。


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