第8話信じた道の先

準々決勝の激闘から2日。疲れを癒した仙台ジュニアFCのメンバーは、また午前中の練習に向かう。




「ユリ〜。ほれ、今日、秋の野の花摘んできたっちゃ。花瓶さ、いけでけろ〜」




「徹、ありがとね。おはよう〜。いがっぺ香りすっぺなぁ。よぐ寝られだが?」




「あぁ、ぐっすり眠れだっちゃ〜」




「んだら、練習行ぐべ〜」




朝から肌寒い風が草を揺らし、落ち葉がサラサラと舞う、賑やかな秋の朝。遠くに色づき始めた奥羽山脈の山並みを見ながら、自転車を走らせる。学校に着くと、自転車置き場に停めて、次の対戦相手の、白石戦に向けて準備を進める。




「なぁ、高田陸くんて、実際見だらすっげぇんでねぇが?」




「監督が180センチあるって言ってだっけよ、監督よりはちっと低ひぐいっちゃけど、壁みてぇな感じかもしんねな〜」




「うちらのチームで一番身長高ぇって言うと、真斗だべか?」




「んだなぁ。160センチくらいあるって言ってだもんね。でも、それでもけっこうデカいよな〜。真斗だけ遠くから見でも目立つもん」




そして試合当日。チームバスで移動して、スタジアムに到着。今日は澄み渡った秋空が広がる。午前と午後に分けて、準決勝が行われる。仙台ジュニアFCは午前中に試合があり、9時からウォーミングアップ開始。




相手の白石の方を見ると、一際背の高い選手がいた。そう、彼が白石の守護神、高田陸である。ゴールに立つと、さらに背の高さが実感される。




「うわっ!なんだあれ、めっちゃ背ぇ高ぇじゃん!壁どころじゃねぇって!」




「おっきすぎて、ゴールの半分くらい隠れてんじゃね?」




「ホントに小学生け〜?中学生まざってんじゃねぇの?」




そんな驚きの声が、あちこちから上がる。




けれど、ユリはぴょんと一歩前に出て、にかっと笑った。




「なぁに。相手だって、うちらとおんなじ小学生だっちゃ!うちら、監督相手にバカみてぇにシュート練習したんだがら、大丈夫だっちゃ!当てるとこちゃんと狙えば、どんなデカくても関係ねぇっちゃ!」




「んだんだ!おらたち、どこさ行っても負けねぇくらい練習してきたっちゃ!」




徹も笑ってうなずいた。




原町監督は、選手たちを見回して大きくうなずきながら言う。




「泣いでも笑っても、あと二つ。みんななら大丈夫だ。自信もってけ。ビビる必要なんか、なーんもねぇからな!」




円陣を組んで、ユリが気合いを入れる。




「あと二つ、勝って優勝すっぺな!」




「オォッ!」




やがて、みんながフィールドに散る




ツートップで、前線に徹と真斗。ボランチの位置にユリが入った。後は4枚。陣形としては4-3-3。




相手はカウンター攻撃はあまり仕掛けてこない。ボールを回して相手のスタミナを奪う戦術を得意としている。




監督の指示は――「ボールは持たせろ。そして奪ったら一気にカウンターを仕掛けて、置き去りにしろ」。




カウンターを仕掛けてこないということは、あまり走力に自信のある選手がいないと見て、足の速い徹と真斗、そしてユリを前線に配置したのだった。




やがて、仙台ジュニアFCのキックオフで試合が始まった。




柚月から雅にボールが渡り、前線の真斗にパスを送る。しかし、相手FWがそのパスを読んでいて、カットされる。




だが、相手はそこから一気に攻めてくる様子はなく、ゆっくりとボールを回しながら、じりじりと前線へ運んでくる。




左サイドからサイドチェンジを狙うタイミングを見計らっていたその瞬間――修斗が相手のパスをカット!




すかさずロングパスを真斗へ。真斗は左サイドを全速力で駆け上がり、そのままゴール前へクロス!




詰めていた徹がタイミングを合わせて、鋭いヘディングシュートを放つ――!




しかし、相手GK・高田陸の素早い反応。渾身のセービングでゴールを許さない。惜しくも得点はならなかった。




「徹〜! 今の、いがったよ〜! ナイッス!」




ピッチにユリの明るい声が響く。




「ん〜、惜しがったなぁ……ヘディングでそのままいがねで、ちょっと落として足で狙ったほうがよがったがもな……」




徹は額の汗をぬぐいながら、少し悔しそうに呟いた。




じわじわと前線にボールを運ぶ白石。だがそのボールを読み、仙台ジュニアFCが鋭くパスカット。一気にカウンターに転じると、細かくパスを繋ぎながら、手数をかけてシュートへと持ち込む。しかしゴール前に立ちはだかる高田陸は、なかなか隙を見せない。




その動きを、仙台ジュニアFCのGK・大崎道也はじっと見つめていた。高田陸の軸足は左。セービングの際には、いったん左足に体重をかけ、上体がそちらへ傾く。そこから捕球動作に入る――つまり、右足の膝よりも低いコースを狙えば、反応がワンテンポ遅れるはずだと読んでいた。




「んだな……低いコース、右足下んとこ、空くはずだ」




そう呟いた道也は、相手ディフェンダーのファウルで得たセットプレーの際、前線の仲間たちに声をかけた。




「ユリ、ん時は思いきり前さ走れ! 柚月、右にふわっと上げでけろ! 修斗、撃てっ、迷わねでな!」




ゴール右やや外、絶好の位置からのセットプレー。高田は白石に細かく指示を出す。「中! 中詰めろ!」と叫ぶ声が響く。




主審のホイッスルが鳴る。キッカーは柚月。ボールを右に大きく蹴り出した。




その瞬間、走り込んできたのはユリ。




「いっけぇぇぇっ!!」




体格じゃ男子に敵わねぇ。でも、ユリには誰にも負けねぇスピードがある。一気に駆け上がってゴール前へ詰め、修斗にパスを送る。




「修斗っ、今だぁっ!」




パスを受け修斗が力強くミドルシュート。高田がなんとか弾く――そのこぼれ球に、再びユリが飛び込んだ。




「んだっ、今っ!!」




右足を振り抜いたボールは、高田の右膝下、読んだとおりの低い軌道を描いて、ゴール右隅に吸い込まれた――!




後半18分、ついに仙台ジュニアFCが均衡を破る。




一瞬の静寂。そして――




「ユリ〜っ! やったなぁ〜!!」




「おめ、マジすげぇっちゃ〜!!」




「鳥肌たったっぺな、今のっ!」




歓声が爆発し、ピッチの上には歓喜の輪ができた。




そして、後半のアディショナルタイム。残りは2分。




時間がない白石は、それまでのようにゆっくりと回すのではなく、一気に前線へボールを送り、怒涛のような攻撃を仕掛けてくる。




道也は最後の力を振り絞ってゴールを守る。




「ぜってぇ入れさせねぇ……!」




何度もシュートが飛んでくる。道也の身体は痛みを超えて、ただ反応していた。




「時間、あと少し……みんな、がんばっぺよ!!」




そして――主審のホイッスルが響いた。




難攻不落と思われた白石を破り、仙台ジュニアFCがついに決勝の舞台へと駒を進めた。




試合後――歓喜の輪、そして敬意




ホイッスルが鳴った瞬間、仙台ジュニアFCの選手たちは一瞬言葉を失い、その場に立ち尽くした。すぐにベンチから飛び出してきた仲間たちの叫び声で、ようやく現実を理解する。




「勝ったっちゃ〜!!」




「決勝だべっ、決勝だぁ!!」




ユリは修斗と抱き合い、柚月と笑い合い、道也は涙を拭いながらチームメイトとがっちりと手を握り合った。




「おめら、最高だっちゃ……!」




だが、その熱狂のなか、白石の選手たちはピッチに膝をつき、顔を上げることができずにいた。




そんな彼らに、道也がそっと歩み寄る。




「白石の守り、ほんと手強がった。……すげぇチームだったな」




「陸、ありがとな。あんたと戦えて、俺ら……強ぐなった気ぃすんだ」




高田陸は黙ってうなずき、道也と固く握手を交わした。




互いに言葉少なに、それでも心からの敬意を交換する。




「次、絶対勝てよ」




「……おう。ぜってぇ優勝して、報いっからな」




ユリと徹――あと1勝で約束のデートへ




試合後、引き上げるバスの中。




「徹、聞いでけろや。わたし、やっと1点取れだっちゃ」




「んだな。……最高だったよ、ユリ。ほんと、かっこよがった」




窓の外は夕焼け。ユリは頬を染めて、小さな声で言った。




「あと、1勝……したら、デート、だべ?」




「んだ。今度は、ユリの好きなとこ、なんぼでも行ぐからな」




「じゃあ……動物園、行ぎたい」




「……よし。優勝して、行ぐべ!」




小さな拳を合わせて笑い合うふたり。その背中を、夕日がやさしく照らしていた。




疲労と安堵と、家のぬくもり




その晩。




ユリは家に帰るなり、母に迎えられて、夕飯のテーブルに着いた。好物の肉じゃがを口に入れると、思わず「ふぅ……」と息が漏れる。




「お疲れさま。すごい試合だったねぇ」




「……ん、お母さん、ありがとう。……あんま覚えでねぇけど……走った、めっちゃ」




湯気のたつ味噌汁に顔を近づけたまま、ユリのまぶたはだんだん重くなっていく。




そのころ、徹も自宅で風呂に入っていた。




「……ふぅ~~~……」




あたたかい湯に身を沈め、天井を見上げる。耳の奥で、まだ歓声のようなものが残っている気がする。




「ユリ、すげがったな……」




気がつけば、湯船の中で、コクリ……と船をこいでいた。




そして、ユリの家。




お風呂でウトウトしながら、彼女もまた小さくつぶやいていた。




「……徹、あといっかい……勝とうな……んで……動物園……」




浴室に響く静かな水音のなか、夢とうつつのあいだで、ユリと徹はそれぞれの想いを抱いたまま、疲れた身体を休めていた。




決勝前夜――胸の奥、そっと灯るもの




ユリの家――夕暮れ、揺れる光の中で




夕飯を終えた食卓に、やさしい煮物の香りがまだ残っている。




ユリは椅子に座ったまま、足をブラブラさせていた。




「緊張してんのかい?」




母が笑いながら、食器を片づけていく。




「んー……ちょっとだけ。明日、負げだら……なんか、徹に顔合わせづらぐなるかも」




「なんでやさ、あんた、がんばってきたんだっちゃ」




「……んでも、約束しだっちゃ。勝ったら、動物園行ぐって」




母はふっと笑って、ユリの頭をそっと撫でた。




「どっちでも、徹くんは嬉しいと思うよ。勝っても負げでも、ユリのこと、ちゃんと見てくれてっから」




その言葉に、ユリはそっと笑みを浮かべ、立ち上がった。




「……ちょっと、外さ出でぐっちゃ」




玄関を開けると、澄んだ空気のなか、夜空に星が輝いていた。




ユリは制服のポケットから、小さな折りたたみメモを取り出す。




昨日、柚月と一緒に書いた――決勝戦のゴールパターンのメモ。




「……決めっからな。そいで、徹と、ちゃんと笑って動物園行ぐんだ」




風が髪を揺らし、ユリは夜空を見上げた。




心の中に、静かに火が灯った。




徹の部屋――机の前、止まらぬ思考




徹は部屋の机に広げたノートを見つめていた。




そこには、相手チームの分析、ユリとの連携のタイミング、道也への指示のメモ――びっしりと書き込まれている。




「明日は……ユリが決める気でいっから、オレがちゃんと、つなぐんだ」




ふと、スマホを手に取る。




LINEのトーク画面を開くと、ユリとのやりとりが表示された。




ユリ:ねえ、ちゃんと寝るんだよ?




徹:そっちこそ(笑)




ユリ:んー…緊張して寝れねっかも。




徹:寝ろ(笑)




ユリ:…がんばっぺな。




徹:んだ。絶対勝つぞ。ユリと一緒に、ゴール喜びたいからな。




徹は画面を閉じて、天井を見つめた。




「……あと、たった一勝だべ」




眠気は来ない。




だけど、心は不思議と落ち着いていた。




夜更け、ふたりの窓の向こうに




仙台の空には、星がまたたいている。




少し離れた町の、二つの家。




窓の明かりが、同じ時間にふっと消えた。




決勝戦の前夜。




一日分の不安と期待を胸にしまい、




ユリと徹は、それぞれの布団のなかで、静かに目を閉じる。




ふたりが見た夢は、まだ誰にも知られていない。






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