第7話石巻戦の熱き夏日

ユリたちの物語







〔試合前の朝〕




スパイクの紐を結び直していたユリに、徹がそっと声をかけた。




「ユリ、緊張してっか?」




ユリは小さくうなずいて、ほんのり笑った。




「……うん、ちょっとだけ。でも、徹がいっから、大丈夫だよ。」




「オレも同じだっちゃ。ユリがいっから、なんとかなる気すっぺ。」




その様子を見ていた修斗が、からかうように言った。




「なにふたりでイチャイチャしてんのよ~。こっちは手ぇ冷たぐなるぐらい緊張してんだがら。」




真斗が笑いながらボールを蹴る。




「今日の相手、マジで強ぇらしいけどさ、オレらで勝っぺよ! なぁ?」




「うん、やるしかねーよね!」




そこへ原町監督がやってきて、全員を見回す。




「いいが? 今日の相手は手ごわいど。でもな、自分信じて、仲間信じて、最後までやりきれ!」




円陣を組みながら、声を合わせる。




「いぐぞ、仙台ジュニア!」




「おーっ!!」







〔秋季大会・準々決勝〕




vs 石巻サッカークラブ




秋の空はどこまでも澄みわたり、乾いた風がグラウンドの芝をかすめていく。


夏とは違う、肌寒さを感じさせる空気の中で、県内屈指の強豪・石巻サッカークラブとの一戦が始まろうとしていた。




試合開始のホイッスルが鳴ると、空気が一気に引き締まる。







〔前半〕




石巻SCは序盤から強気に前に出てきた。


ワンタッチの連携は速く、ボールを失ってもすぐにプレスをかけてくる。仙台ジュニアFCの選手たちは守備に追われながらも集中を切らさず、必死に耐えていた。




ユリのナレーション:


《はやい……パスが速くて正確……でも、まだ、いける》




「ユリ、右サイド、戻れっちゃ!」




監督の声に反応し、ユリは全速力で戻る。




徹はセンターで必死に食らいつく。




徹のナレーション:


《さすが強豪って感じだ……でも、オレらのやり方で、耐えきってやっぺ》




後方からのロングボールを真斗が頭でクリア。修斗がこぼれ球を拾うも、石巻の選手がすかさず奪い返す。




「……全然、前に運ばせてもらえね……!」




それでも仙台ジュニアは慌てなかった。原町監督の指示で、チームはしっかりと守備を固め、奪ったら即カウンターという明確な戦術で臨んでいた。







〔後半〕




後半10分。石巻の10番がミドルシュートを放つ。ゴール右隅を狙ったが、GKが指先で弾いた。




「ナイスセーブだっちゃー!!」




その直後、ユリが相手のミスを突いてボールを奪う。




「いくっちゃ、徹!」




ユリのパスを受けた徹が中央へドリブル。相手DFを引きつけ、左足で斜めのパスを出す。




徹のナレーション:


《ユリ……頼んだ》




ボールはユリの前に転がった。




ユリのナレーション:


《ここ……抜く。今しかねぇっちゃ》




相手DFの重心が一瞬ずれた――その隙を見逃さず、ユリは足の裏で引いてから股を抜くようにシュート。




――ズバンッ!




ネットが揺れた。




「ゴォオオオオール!!」




ベンチが一斉に立ち上がる。




「ユリ、すげぇぇ!!」




ユリのナレーション:


《……入った。ほんとに、入った……》




徹が駆け寄ってユリの手をつかむ。




「最高だっちゃ、ユリ!!」




「うん……徹のおかげだよ」







〔アディショナルタイム〕




残り数分。石巻SCは怒涛の攻撃を仕掛けてきた。




「引くなーっ!! ライン揃えろぉー!!」




原町監督の怒声が飛ぶ。




身体を投げ出しての守備。懸命のクリア。




「まだっちゃ! 最後まで守んぞ!!」




徹の叫びに、皆の気迫がひとつになる。




最後のシュートがクロスバーをかすめて外れた――




その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴った。







〔試合終了後〕




ユリはその場にしゃがみこみ、深く息を吐いた。




ユリのナレーション:


《……夢みたい。勝った……ほんとに、勝ったんだ……》




徹が拳を突き上げる。




「いがったな……ほんっとに、いがったな……!」




原町監督の目には、光るものがあった。







〔帰り道〕




夕方の空は茜色に染まり、秋風が街の並木を揺らしていた。




ユリのナレーション:


《あのシュート……一生忘れらんねぇと思う。


でも、これで終わりじゃない。まだ“次”がある。もっと、強くなりてぇっちゃ》




家の前に着くと、母が駆け寄ってくる。




「おかえり! どうだったの?」




「……勝ったよ」




母の目が潤む。




「そっか……よぐがんばったね、ユリ……!」




「……うん。徹と一緒に、がんばったよ」




秋の風が二人の髪を優しく撫でた。







〔夜・ストレッチしながら〕




ユリのナレーション:


《明日は準決勝。相手は白石ジュニア。そして、あのGK――高田陸。


でっけぇ壁だ。でも、負げたくねぇ。みんなで、もっと遠くまで行ぎてぇっちゃ》







◆高田陸対策、特訓スタート!




10月の夕方。西陽が赤く差し込む仙台ジュニアFCのグラウンドには、いつもよりも緊張感のある空気が漂っていた。




準決勝の相手は、県内でも守備力で知られる白石ジュニアFC。


そして――最大の壁が立ちはだかる。




「GKの高田陸が、ま〜〜すんげぇんだわ…」




原町監督がタブレットを持って選手たちの前に立つ。


画面には、高田陸がシュートを次々と止める映像が流れていた。




「小6で身長170超え。手足長げぇし、反応もえれぇ速い。でもな、どんなキーパーでも、必ず弱点があんだ」




選手たちが真剣に画面をのぞき込む。




「ここ見でけろ。相手が低い弾、特にニアサイドへ速いシュートを打ったとき……ちょっとだけ、反応が遅れでら」




原町監督は一時停止して、画面を指で示す。




「つまり――“足元”と“間”だ。


 チップ、シュートフェイント、ブラインド……工夫次第で崩せるっちゃ!」




「よっしゃ! オレ、ブラインドから狙ってみるわ」と修斗。




「真斗はクロス精度磨いでけろな!」




「了解っす!」




「今日はな、俺がキーパーやっから。遠慮せず撃ってこい!」




「マジっすか!?」


「監督、やる気満々だな〜!」




「バカにすんな、昔は県選抜の守護神だったんだぞ〜〜!」




笑いが起き、張りつめていた空気が少し和らいだ。




徹がミドルを叩きこみ、ユリが足元からのチップを試す。


真斗のクロスに修斗が飛び込む。


みんなの顔に、次第に“挑む者”の目が宿り始めた。







◆ユリのナレーション(練習後)




《白石ジュニアって聞いたとき、正直ビビった。


でも、原町監督が言った。「怖がる必要なんてねぇ。大事なのは、工夫すること」って。


――その言葉が、胸に残ってる。》







◆帰り道のユリと徹




陽が落ちかけた帰り道。


街路樹が赤く染まり、落ち葉が自転車のタイヤにカサカサと鳴る。




「なぁ、ユリ。今回の準決勝……絶対に点取りてぇよな」




「うん。……あたしも。


 なんかさ、あのゴールの奥に“もっと先”が見えるんだっちゃ」




「“もっと先”? 決勝の先ってか?」




ユリはにこっと笑って言った。




「全国。……あそこまで行って、オレらのサッカー、見せてみてぇ」




徹は、ふっと息を吐いて、前を見据える。




「んだな……じゃ、やるしかねぇな。明日も練習付き合うっちゃ」







◆ユリの夜・秋の空気の中で




湯船に肩まで浸かったユリは、ほぅっと長く息を吐いた。




「はぁ〜…今日も気持ちよがった〜〜」




湯気の中、ぼんやりと今日の練習の風景が浮かぶ。




《徹のミドル、強かったなぁ。監督、また笑ってた。


 でも、まだ足んねぇ。あの高田陸を崩すには、もっと工夫しねぇと》




風呂上がりに髪を乾かしながら、スマホを見る。


徹からのメッセージが届いていた。




【ユリ、今日のチップマジでキレてた。明日もあれ、磨こっぺな】




ユリの頬が、ほんのり緩む。




【ありがとう。徹のパス、ほんとに良かった。


明日も、放課後、グラウンド集合な!】




【OK! ゆっくり休めよ〜。おやすみ!】




ユリはスマホを伏せ、手帳を開いてメモをつける。




「高田陸対策→低弾・タイミングずらし・フェイント。


 徹→パス精度高し。真斗→クロス合わせ確認」




部屋の窓を少し開けると、秋の虫の声が優しく耳をくすぐった。




ユリのナレーション:


《明日は最終調整。きっと、いい準備ができる。


 それが、オレたちの“戦う力”になる。


 ……がんばっぺ、オレ》




静かに電気を消し、布団にもぐりこむ。




目を閉じたその先に浮かぶのは、


高田陸のゴール、そして、


徹からのパス――




ユリは、そっとつぶやいた。




「……決めてみせっから。オレの一発」




秋の夜が静かに、更けていった。






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