第2話新学期





6年生に上がった、ユリと透。ふたり並んで、いつもの道を一緒に学校へ向かって歩いていた。




「4月さなったけど、まだちょっと寒さみぃね〜」


ユリがそう言いながら、上着の袖を引っぱった。




「んだなぁ。でもほれ、早ぐ行ぐべ!遅れっちまうべした」


透がちょっとせかすように笑いかける。




「へへっ、また透と同じクラスだったっちゃ〜。サッカーも勉強もがんばっぺな〜」




「お、おぅ……がんばっぺよ」




やがて、ふたりは仙台市立若林小学校の正門にたどり着く。




「透、ごめん、先に教室さ行っててけらいん」




「ん?どうしたんだ?」




「んもぉ……トイレ、行ぎたくなっちゃったの」




ユリが少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。




「おぉ、わがった。おれ先さ行ってっから。……漏らすなよ〜?」


透がからかうように言うと、




「んもぉ、バガ透っ!」


ユリは顔をぷくっとふくらませて、くるっと踵を返し、足早にトイレへ向かった。




透はくすくす笑いながら、教室へと向かう。




教室に入ると、5年生のときと同じクラスだった子たちが、もう元気にしゃべっていた。


クラス替えがなかったので、見慣れた顔ばかりだ。




「おーっす、おはよ〜!今日も寒ぃなや〜」


仲のいい青葉光一が、ランドセルをおろしながら声をかけてくる。




「光一、おはよ〜。なぁ、この前のベガルタ、マジでいい試合だったっちゃ〜!あのまま連勝してけっちゃいいんだけどな〜」




「んだんだ!今、調子いっからな〜。DFも安定してっし。……ん?ユリちゃんは?」




「あぁ、あいつ、いまトイレ行ってんだわ」




すると、ちょうどそのとき。




「……待たせだ〜」


ユリが息を弾ませながら教室に入ってきた。




「あー、ユリちゃーん!おはよーっ!」


後ろの席の石田真希が手を振ってくる。




「おはよ、真希〜。今日も髪、かわいいっちゃ〜」




「えーほんと〜?ユリちゃんのリボンも、めっちゃ似合ってるっちゃ!」


そこへ白石美里や白河美乃梨、山元春海たちが加わって、。わちゃわちゃ話をしている。




「……んも〜、朝からうるせ〜なぁ、女子は」


透がぼそっと言うと、すかさずユリが、




「なんとー!?バガ透に言われたくなーい!」




「んだんだ、透もけっこうしゃべってっぺよ〜」


光一が笑いながら言った。




笑い声が、朝の教室にぱっと広がった。


新しい学年、新しい一日が、いつもと同じように、でもちょっとだけ新鮮に始まっていた。






やがて先生が入ってきた。担任は相馬美月先生。




「はーい。席について。えぇ、今日から新しい学年に進級して、卒業までの一年間、5年生の時と同じくみんなと一緒に過ごすことになりました。最上級生として、責任ある行動をしてください。またね、いろいろやってみたいことや、楽しみなことがたくさんあると思うけど、怪我とか病気には気をつけて、一年間楽しく過ごしましょう。それじゃあ、日直さん号令かけて」




「起立。礼。着席」




こうして、6年生最初の日は始まった。




ユリは新しいノートを開きながら、ちらりと窓の外に目をやる。春の光が差し込んで、どこか遠くへ走り出したくなるような気持ちになる。六年生。最後の小学校生活。まだ見ぬ未来に、少し不安で、それ以上にわくわくしていた。




その隣で、徹はこっそりユリの横顔を見ていた。




(……やっぱ、ユリって、なんかちがうんだよな)




ふとした瞬間に真剣な目をするところ。大事な場面で誰よりも速く走るところ。勝ちたいって気持ちを、全部プレーにぶつけるところ。そういう全部が、ただの幼なじみって呼ぶには、もう足りなかった。




(声、かけてみっかな……いや、変に思われっかな)




自分でもよくわからない気持ちが胸の中に渦巻いて、結局、また何も言えずにチャイムが鳴った。




放課後、ユリと徹は家に帰った後、昼食を済ませて再び学校に向かい、少年サッカーチームの練習に加わる。今日から新たに4年生の男女が加わり、総勢30人ほどとなって、新チーム・仙台ジュニアFCがスタートした。




まずはウォーミングアップで2人1組のストレッチ。




ユリは迷いなく徹の方へ歩いていき、自然にペアになる。




「ほら徹、もーちょっと腰沈めでー。んで、息ちゃんと吐いて」




「ん、んだな……ユリ、今日ちょっと怖いくらい気合い入ってらな」




「当たり前だっちゃ。6年生だべ? 先輩として、ビシッとせねど!」




言いながらも、ユリの声はどこかうれしそうだった。いつもどおり、徹と並んでサッカーができる。それだけで、肩の力が抜ける気がした。




徹も、そんなユリの笑顔を見て、つい口元がゆるんでしまう。




(……なんでこんな、ドキッとすんだべ)




そのあと、ボール回しへと移る。




「雅〜。ほら、ボール蹴るよ〜」




「いいよ〜」




彼女は相馬雅。担任の相馬先生の娘で、学校は違うがサッカーを通して仲良くなったレディースの仲間。フォワードでは、ユリと息の合った連携を見せる。




雅の元へパスを送りながらも、ユリはすぐに周囲を見て動く。




その姿に、徹はまた目を奪われていた。




(かっけぇな……ユリって)




「こらぁ徹、ユリのことが気になるのはわかるけど、ボールから目を離すな〜!」




原町監督のひと声に、周囲が「おー!」と笑いに包まれる。




「ヤバッ。はーい。すいません! 真斗、ボール行くぞ〜!」




徹は慌てて右サイドにボールを出す。そのパスを受けたのが伊達真斗。




「ほーい。じゃあここからドリブル突破〜!」




「真斗ー、1対1仕掛けろ!」




「雅、フォロー行くぞ!」




「ユリ、左空いでっぞ!」




「了解! 徹、後ろ見てて!」




「お、おうっ!」




ボールが速くなる。声も飛び交う。ユリの背中が、ゴールへ向かって走るたびに、小さくなる。




(ずっと、こうして一緒にいられっかな……)




徹は走りながら、心のどこかでそんなことを思っていた。




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