2. ダンジョンの底で出会う2人
ダンジョンの薄暗い通路。
――いつからだろうか、背後から足音がついてくる。
立ち止まると、すぐ後ろで影も止まった。振り返ると、さっき助けたパーティーの
“少女“がこっちを見ている。
「……ついてきたのか?」
「あ、あの……ごめんなさい。パーティーのみんな、私を置いていっちゃって……」
俯いたまま、小さな声で少女が答えた。
(……この子も、“はぐれ者”か)
「ここは危ない。少し休もう。火を焚くから、こっちに来い」
そう言って歩き出すと、少女はおそるおそる俺の後ろについてきた。
◇
焚き火の灯りが、ダンジョンの壁にゆらゆらと影を揺らす。
ぽつんと二人きりの夜。空気は冷たいが、火の輪の中だけが妙にあたたかい。
隣にいるのは、小柄なローブ姿の少女。乱れた金髪に、ぱっと目を引く可愛さ。どこか気の強さも感じるのに、今は膝を抱えてじっと火を見つめている。
少し沈黙が続いたあと、俺は口を開く。
「そういえば……名前、まだ聞いてなかったな」
少女は一瞬戸惑ったように顔を上げて、それから小さく名乗った。
「ミーナです……」
「そうか。俺はレオ。よろしくな」
ミーナは小さく微笑み、焚き火の光がその横顔を優しく照らす。
「……レオさん、さっき魔物と戦ったとき――あんな動き、見たことなかったです。本当にすごかったです。」
その声は、驚きと、少しの憧れが混じっていた。
俺は焚き火の先を見つめて、少し笑う。
「意外と、根性だけで生きてきたからな。……でも、凄くなんかないよ。パーティーの連中にもずっと“役立たず”って言われてた。……ここに1人でいるのも置いていかれたからだ」
ミーナはぱちくりと目を瞬いてから、驚いたように声を上げる。
「……そんな、信じられません。だって、あんな強いのに」
袖の中で小さな手をぎゅっと握りしめていた。
「俺のスキル、“傷”って名前だけで、ずっと意味が分からなかった。荷物持ちや雑用ばかりで……強くなれたのも、やっと最近だ」
ミーナは静かに微笑んだ。
「私も、体力回復魔法しか覚えられなくて・・・・・。補助魔法も仲間のMP回復もできない・・・・・。気づけば、“お荷物”って言われて、パーティーに置いていかれました」
思わず苦笑いする。
「……世の中、似たようなもんだな」
少し沈黙して、俺はふと思いつく。
「……なあ、ミーナ。俺、毒を食らっててな。膝も腫れてるし、腕も痺れてる。せめて切り傷だけでも治せるか?」
ミーナが焚き火の光の中、ちょこんとうなずいた。
「……やってみます」
そっと俺の腕に、ミーナの手が触れる。魔法の光がじんわりと包み込んだ。
傷口の痛みが、じわじわ消えていく――それだけじゃない。毒の痺れ、だるさ、すべてがスッと消えていく。
「……は? 今、全部……消えた? これ、体力だけじゃなくて、毒も……」
驚いて腕を見つめる俺に、ミーナが恥ずかしそうに微笑む。
「はい。ちょっと特殊な回復魔法で……状態異常も、全部治せるんです」
「そんなの初めて見た。……お前の魔法、一体……」
「みんなには“役に立たない”って言われましたけど……私、レオさんには効いてほしいなって思いました」
一気に世界が変わった気がした。
(こいつの回復があれば、俺のダメージ前提のスタイルとの相性もいい・・・・・)
「……ありがとう、ミーナ」
ついて出た言葉が、こんなにもあたたかいなんて――自分でも驚いていた。
しばらく黙って火を見つめていた。
誰かと一緒にいるって、こんなにも静かで、安心できるものなんだと初めて思った。
やがて、ミーナがぽつりとつぶやく。
「……誰かの役に立ちたい、ってずっと思ってました。……でも、誰かと一緒にいられるなんて思わなかったです」
その横顔は、涙をこらえているようだ。
その姿がどこか儚くて、思わず守りたくなった。
俺は薪をくべ、肩の力を抜いた。
「なあ、ミーナ。このまま――もうちょっと、一緒に潜ってみないか?」
ミーナはきょとんとした顔で俺を見て、それから、心から安心したような笑みを浮かべる。
「……はい。レオさんがいてくれるなら、わたし、もう少しだけ頑張れそうです」
焚き火の残り火が、ふたりの顔をやさしく照らしていた。
必要とされている――そう感じただけで、胸がじんわり熱くなった。
それだけで、今夜は生きててよかった、と思えた。
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