追放された荷物持ち、死にかけてスキルが覚醒した結果がこちらです

🍎のるん🐤

1〜30

1. 荷物持ち、強さに目覚める

 

「――お前は、いらない」


 その言葉を最後に、俺はダンジョンの奥に置き去りにされた。誰も振り返らなかった。足音も、もう聞こえない。


 ……どうしてこうなったかって?


 少しだけ、話を戻そう。



 俺の名前はレオ。


 スキルは一つだけ。

 《傷(??)》


 ギルドで鑑定してもらったけど、内容は「不明」とだけ表示された。使い方も成長の可能性も分からない、ただの空欄。


 この街で、そんなスキルしか持たずに生まれた時点で、俺の人生は底が決まっていた。


 ――《白刃の翼》。

 新進気鋭のパーティに拾われた。

 でも、仲間としてじゃない。俺の役目は荷物運び――ポーター。

 あとは、みんなのストレスのはけ口。


「おいレオ、また遅いぞ。使えねぇな」

「てめぇ、俺の剣を落としただろ」


 いきなり後頭部を小突かれる。蹴られる。

ミスしたら殴られるのは当然。ミスしてなくても、誰かのイライラの矛先になる。


 セイラは炎で俺の袖を焦がし、グロムは気まぐれに足を蹴り飛ばす。ノンは弓で、足元ギリギリを射ってくる。


「お前みたいな奴でもパーティーにいられるんだから感謝しろよ」

「スキル“傷”? マジで役に立たねーな」

「飯作れよ。焦がすなよ」

「ポーターなんてな、いざって時は一番先に捨てるもんだ」


 俺は反論しなかった。ただ耐えて、荷物と一緒に痛みと悔しさを背負って歩いた。



 この国じゃ、誰もが二つ三つは便利なスキルを持っている。


…けど俺には、謎スキル《傷(??)》だけ。


 ヴァイス(リーダー)

 セイラ(炎術士)

 グロム(盾役)

 ノン(弓使い)


 みんな強いスキルを持っている。俺だけが、“戦えない雑用”。名前すらまともに呼ばれず、ただ殴られる日々だった。



 ダンジョンの奥、石壁にみんなの嘲り声が響く。――ふと俺は“全員分の荷物“の重さのせいで体勢を崩す。


「見たか、あいつの動き」

「マジで足引っ張ってんぞ」

「もう無理じゃね? 連れてく意味なくない?」


 俺は黙って荷物を抱えていた。

 返す言葉もなかった。


「悪いけど……ここまでだわ」


 ヴァイスが振り返る。その顔に、もう迷いはない。


「この先は魔物も増える。足手まといは置いていく。――お前、ここで待ってろ」


「……いや、でも……」


「帰り道? 知らねぇよ。運がよきゃ生きて帰れるんじゃね?」


 みんなが背を向けて去っていく。誰も振り返らなかった。


 俺が“使えない”ってこと、全員が分かっていた。…そして俺自身もよく分かっている。


 それでも、ここで死ぬのはごめんだった。

 ――だから、歩き始めた。



 それから、どれだけ彷徨ったか分からない。


 喉はカラカラ、腹も背中も空っぽで、意識が遠のきそうだった。 足を引きずり、膝は腫れ上がり、古傷からはじわじわと血がにじんでいる。 手はすりむけ、指の皮がめくれ、爪の間に泥と血がこびりついていた。


 ポーションもとうに尽き、足元はふらふら。何度も転び、そのたび石畳に身体を打ち付けた。


 肩の傷から止まらない血が服を濡らし、裸足の足裏には裂け目が走っていた。


 毒罠の痛みが抜けず、膝は熱を持って痺れ、息を吸うたび肋骨が軋む。


 息をするのも苦しい。


「……もう、無理か……」


 座り込むと、暗闇の奥でハイエナのような魔物が這い寄ってくる。


 牙をむき出し、俺の弱さを嗅ぎつけたように、じわじわと距離を詰めてくる。


 何もできず、震える指で床を掴む。

 それでも、死にたくない――その気持ちだけは、なぜか消えなかった。


(生きたい……)


 その時、頭の中で機械音が鳴り響いた。


《通知:スキル“傷(スカーアーカイブ)”の記録を確認します》

《出血ダメージ:規定数に到達》

《条件達成――新たな副効果を解放します》

《血流操作(パッシブ):発動可能》


 ――ドクン、と鼓動が跳ね上がる。



 次の瞬間、全身の血流が一気に駆け巡った。


 心臓が、命を“限界以上”のスピードで送り出している感覚。

 ―― 体の隅々まで新しい熱が満ちていく。


(なんだ、これ……!)


 手足がじんじんと熱くなり、重かった体が嘘のように軽くなった。痛みも、痺れも、全部“動く力”に変わっていく。


「……これが、俺の力……?」


 魔物が飛びかかってくる。

 だが、体が勝手に動いた。

 膝で押し返し、拳で頭をはたき落とす。


 心臓の鼓動が速まるたび、思考も動きも冴えていく。


 敵の動きが、まるでスローモーションのように見えた。



 そして――俺は、本能のままにダンジョンを駆け回った。


 壁際を走り抜け、曲がり角で獣型の魔物をかわし、突っ込んできたスケルトンの腕を逆に掴み地面に叩きつける。


 上から迫る巨大コウモリには、床を転がりながら体勢を変え、すかさず脚で蹴り上げた。


 数の多いゴブリンたちは群れで襲いかかってきたが、一体ずつ間合いを外して、背中を取って仕留める。


 “次の一撃”を本能で予測できる。

 どんな攻撃も――当たる前に避け、的確にカウンターを叩き込む。


 そのうち、暗闇の中でも怖さは消えていった。


 崩れかけた階段を駆け上がり、走り寄るリザードマンを肩で弾き飛ばし、毒蛇の襲撃を紙一重で回避し、逆に踏みつける。


 “怖い”よりも、“生きている”という感覚が体を満たしていた。


 倒れても、また立ち上がる。

 汗も、血も、気にならない。

 心臓の“高鳴り“だけが、今の俺を支配していた。



 どれだけの魔物を狩ったか分からない。


 ようやく広い場所に出たとき、悲鳴が響いた。


 ――若い冒険者のパーティーだった。 

 鬼ムカデの群れに襲われていた。


「くそっ、あいつ毒った! ポーションが足りない……!」

「……こっちに来るぞ!」


 そして 倒れた仲間をかばって、涙目の“少女“が必死に両手を塞いで魔物の前に立っているのが見えた。


「下がれ!」


 俺は思わず叫び、駆け込む。魔物の腹部を蹴り上げ、もう一体は拳で突き飛ばす。


 攻撃の隙を突いて、“少女“を守るように立ち回った。


 鬼ムカデが逃げていくのを見て、背後で倒れている戦士が話しかけてくる。

「た、助かった……あんた、何者だ……?」


 「……ただのポーターだよ」


 背を向けようとしたとき、気の強そうな女剣士の小さな声が聞こえた。


「あの人……魔力を使ってない……どうして、あんなに速く動けるの?」


 何も答えなかった。でも――胸の奥で、今だけは確かに“強さ”を感じていた。


 ──俺は、もうあの頃の“荷物持ち”じゃない。

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