第29話 真悠は真悠のままでいい。でも…それだけじゃ足りないときもある


週末の午後。

駅前のベンチに、竹井華と早坂裕香が並んで座っていた。

真悠は家庭の用事で今日は来れなくて、

自然と“ふたりだけ”になった。

カフェでテイクアウトしたフラペチーノを飲みながら、

裕香が口を開く。

「……ねぇ、華」

「ん?」

「真悠ってさ、今どう見えてる?」

華は少しだけストローをくわえたあと、

ゆっくりと言葉を選ぶように答える。

「……うーん、“揺れてるな”って思う。

 渚くんのことも、原くんのことも、妃芽のことも。

 全部が、“ちょっとずつ好き”で、

 でもどれにも決めきれない感じ」

「だよね。てかさ……それって、ズルくない?」

裕香はぽつりと呟いた。

「誰にもウソついてないし、誰にもフってないし。

 でも、誰も選ばないっていうか……

 なんか“答え”出すの、怖がってるだけなんじゃないかなって」

「……たしかに。

 でもね、私、そこも含めて真悠っぽいなって思うの」

「華、優しすぎ。

 それでまた光助みたいなのに持ってかれたらどうするの?」

「……怖いよ。

 でもね、たぶん真悠、今は“誰かに持っていかれる”ことより、

 “誰かを傷つけること”のほうが怖いんだと思う」

裕香はしばらく黙っていたけど、やがてぼそっと言った。

「……妃芽のこと、どう思う?」

「難しいよね。

 真悠のこと、たぶん“恋”としても好きだったんだと思う。

 でも、それが妃芽自身にもよく分かってなかったのかも」

「……私、ちょっとだけ妃芽のこと苦手かも」

「うん、知ってたよ」

裕香は笑った。

「だってさ、“好き”とか“嫉妬”とか、“取られる”とか、

 そういう感情が全部“綺麗な顔”で包まれてる感じ。

 なんか、ずるいなぁって思っちゃう」

華はゆっくりうなずいた。

「でも、真悠って、妃芽のそういうところも“嫌いになれない”んだよ。

 それが、たぶん真悠の“優しさ”であり、“弱さ”」

「……だからこそ、ちゃんと言いたいよね」

「何を?」

裕香は、まっすぐ前を見ながら言った。

「“真悠は真悠のままでいい”って。

 でも、それだけじゃ届かない恋もあるって」

「……うん」

ふたりは、ベンチに並んで静かに座り続けた。

夕暮れが、街を少しずつオレンジ色に染めていく。

真悠のことを、守りたい。

でも、甘やかしすぎたくもない。

そんな親友ふたりの、やさしくて、ちょっと切ない葛藤だった。

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