第23話 好きでいることを、やめられないだけなんだ


文化祭が終わった日の放課後。

空にはうっすらオレンジ色が残っていて、昇降口にはもうほとんど生徒の姿はなかった。

「真悠」

声をかけてきたのは、藤井渚だった。

制服の襟を少し乱したまま、どこか落ち着かなそうに、でも真っすぐにこちらを見ていた。

「ちょっと、話せる?」

「……うん」

屋上には誰もいなかった。

風がすこし強くて、会話の声が空にさらわれていくような静けさがあった。

ふたり並んで、柵にもたれる。

どちらからともなく、空を見上げる。

「……文化祭、楽しかったね」

「うん。最後の文化祭って感じだったね」

沈黙が、しばらく。

そのあと、渚がぽつりと口を開いた。

「俺……今でも、真悠のことが好きなんだと思う」

真悠は、驚いたように目を見開いた。

「ごめん。急に、こんな……」

「ううん、急じゃないよ。なんとなく、分かってた」

「……そうなんだ」

風が吹く音だけが、ふたりの間を通り抜けた。

「でも、なんていうか、諦めきれなかったんだよね。

 妃芽さんのことも分かってるし、真悠が何を想ってるかもなんとなく伝わってくるけど

 それでも、気づいたら、また真悠のこと考えてて」

「……うん」

「こんなふうに、好きでいることに意味があるのかはわからないけど、

 でも、それでも……俺は、好きでいることをやめられなかった」

「……やめなくていいよ」

小さな声で、真悠が言った。

「無理に終わらせようとしなくていい。

 渚くんの気持ち、ちゃんと届いてるし、

 それって、すごくあたたかかった」

「……ありがとう」

「私、すぐに答えは出せないかもしれない。

 自分の気持ちがどこに向いてるのか、まだ全部は見えてないから」

「うん。それでいい。

 答えをもらうために言ったんじゃないから。

 ……ただ、真悠の心のどこかに、

 俺がいたら、それだけでいいんだ」

ふたりは、また黙って空を見た。

校舎の影が、少しずつ伸びていく。

夕陽が完全に沈む前に、

ふたりは並んで階段を降りていった。

その距離は、恋人同士ではなかったかもしれない。

けれど確かに、「気持ちの届いたあと」の距離だった。

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