第19話 たったふたりきりの、誰にも知られない時間


文化祭当日。

展示係の集合時間は早くて、

朝からバタバタと準備に追われていた。

真悠と妃芽も、なんだかんだ言いながら息を合わせていて、

前より自然に笑い合えるようになっていた。

「ねぇ、そこもう少し右じゃない?」

「え〜、完璧だったのに〜」

そんな掛け合いをしていたとき、

外で突然「事故で先生に呼ばれた!」と誰かが叫んだ。

準備室にいたのは――

真悠と、妃芽、ふたりだけになった。

「え、全員行くの?」

「うそでしょ……」

ざわついたまま、ドアが閉まり、静寂が訪れる。

どくん、どくん、と心臓の音が聞こえる気がした。

妃芽は、展示用のパネルを手直ししながらつぶやいた。

「……なんか、懐かしいね。

 昔、こうやって二人で部誌作ったじゃん」

「……うん、思い出した」

「真悠、あの時もすごく頑張ってた。

 周りが遊んでても、まじめにやってて……かっこよかった」

「かっこよくなんて、ないよ」

「あるよ。……私は、ずっと見てたもん」

その言葉に、真悠は思わず作業の手を止めた。

「……妃芽、最近、変わったよね」

「そう?」

「うん。前は、あんなふうに褒めてくれなかった」

「……それは、怖かったんだよ」

「怖い?」

妃芽は、目をそらして言った。

「真悠のことを、私が……“好き”になってしまいそうで」

部屋の空気が変わった気がした。

真悠は目を大きく見開いたまま、

返事ができなかった。

妃芽は続ける。

「誰かに取られるってわかってても、

 真悠の隣には立ちたかった。

 でも、それが“友達として”なのか、“それ以上”なのか、

 ずっとわからなかった」

「……私も、そうだよ」

真悠の声は、かすれていた。

「誰かに妃芽のことを話されるたびに、苦しくなって。

 自分でも、なんでこんなに気になるのかわからなかったけど、……たぶん、それって、恋だったんだと思う」

言葉が、ふたりの間に静かに落ちていった。

でもそれは、決して重くはなくて、

やっと“本当の気持ち”が息をしたような感覚だった。

「……でも」妃芽が小さく言う。

「いまさら“好き”って言っても、遅いよね?」

「そんなこと、ないよ」

真悠はそう言って、妃芽の手をとったわけでも、

抱きしめたわけでもない。

でも、ただそばに立った。

“ずっとこうしたかった”と思える距離で、

隣に立っていた。

そして、遠くのチャイムが鳴り、

また誰かがドアを開けて現実が戻ってきた。

けれどふたりだけは、

ほんの少しだけ前に進んでいた。

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