第13話 きみを壊したのは、私なのかな


夜、風が少しだけ肌寒くなってきた頃。

音無妃芽は、約束もしていないのにふらりと公園に現れた。

ブランコに腰掛けていた綿貫小凪は、彼女の姿を見ると、スマホをポケットにしまった。

「……なんとなく来ると思った」

「なんでわかったの」

妃芽が小さく笑う。

「妃芽が笑ってるときほど、だいたい何か隠してる」

子凪はブランコを揺らしながらそう答えた。

しばらくふたりは黙っていた。

その沈黙が、気まずくもなければ、重くもないのは、

この関係が昔から変わっていない証拠だった。

「……真悠が、渚くんと仲良くしてるの見て、なんか変な気持ちになったの」

妃芽の声が、ぽつりと落ちた。

「寂しい?」

「……たぶん、うん。あと……悔しい」

「好きなの?」

「……わかんない」

そう言って妃芽は、足元の小石を軽く蹴った。

「私、真悠のこと、何度も傷つけてるのに、

 それでも“そばにいてほしい”って思ってる。わがままだよね」

「うん、わがまま。でもそれが妃芽だから」

小凪は迷わず言った。

妃芽は少し笑った。

「……私、自分が“選ばれる側”だって、ずっと思ってたんだよ。

 でもね、真悠が渚くんといるところ見て、初めて気づいたの。

 “選ばれない側”って、こんなに怖いんだって」

「そう思えたなら、妃芽はちゃんと、変わり始めてるってことだよ」

「……私、あの子のこと、ちゃんと“すき”だったのかもって。

 気づきたくなかっただけかもしれない」

「恋とか友情とか、きれいに分けられないもんね」

子凪はふっと風に目を細めて言った。

妃芽は、今にも泣きそうな顔で空を見上げた。

「でも、言えないよ。今さらそんなこと。

 “私はあのとき、本当はあなたが好きだった”なんて」

「……じゃあ、まだ言わなきゃいいよ」

「え?」

「今の妃芽じゃ、その言葉は全部“自分のため”に言っちゃう。

 でも、“相手のために言えるようになったとき”が、本当のタイミング」

子凪は、ただ淡々とそう言った。

だけど、その言葉には、どんな誰よりも深い理解が詰まっていた。

「……そうだね」

風が吹いた。

春がゆっくり、夏に変わっていこうとしていた。

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