第3話 風の中の出会い
高校1年の春、入学式から数日経ったある昼休み。
吹奏楽部の体験入部を終えて校舎裏のベンチに座っていた真悠は、少しだけ疲れた心を休めていた。
その時、グラウンドの奥から、風を切るような足音が聞こえてきた。
(走ってる……?)
目を向けると、長身の男子生徒が陸上トラックを黙々と走っていた。
周りに人はいない。タイムを測っている様子もなく、ただ一人、まっすぐに走るその姿。
(……なんか、綺麗だな)
軽やかで無駄のないフォーム。
そして、表情はまるで誰にも見られていないかのように、どこか遠くを見つめていた。
「……椎畑、っていうんだよ、あの人」
近くにいた別の生徒が、真悠の視線に気づいて話しかけてきた。
「中学の時、陸上でけっこう有名だったらしい。だけどあの人、ほとんど誰とも喋らないよ」
――椎畑智唯。
その名前が、真悠の胸の奥に静かに残った。
次の日も、その次の日も、放課後にふと目が合う距離で彼を見つけると、なぜか目を逸らせなかった。
そしてある日の昇降口。
落としたハンカチを拾ってくれた手に、真悠は驚いた。
「……これ、君の?」
まっすぐに目を見てくる椎畑の声は、意外と優しかった。
「……うん。ありがとう」
その瞬間、真悠の胸がふわりと浮いた。
(あ……この人のこと、たぶん私は、好きになる)
始まりは、ただの小さな出来事だった。
でもその日から、真悠は“椎畑智唯”という名前を、静かに、心に刻むようになった。
次の日もまた、放課後の校庭でひとり黙々と走る椎畑を見かけた。
真悠は意を決して、少しだけ彼に近づいてみる。
「椎畑くん……」
声をかけると、彼は一瞬立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
驚いたように目が合うが、すぐにまた少しだけ目をそらす。
「なに?」
短い返事が返ってくる。
真悠は少し戸惑いながらも、心臓の高鳴りを感じていた。
「その……走るの、すごいなって思って」
言葉に詰まりながらも、精一杯伝えると、椎畑はわずかに微笑んだ気がした。
「ありがとう」
それだけの言葉を、彼は静かに返してくれた。
その日から、真悠は椎畑のそばにいる時間が何よりも楽しみになった。
無口で不器用な彼だけど、その静かな優しさに惹かれていく自分がいた。
一方で、彼の秘密のような孤独も感じていた。
誰にも話さない、誰にも見せない何かを抱えているような影。
「椎畑くんは、何を考えてるんだろう……」
真悠は知りたい気持ちと同時に、触れてはいけない壁を感じていた。
それでも、ふたりの距離は少しずつ縮まっていく。
小さな会話、偶然の視線の交差。
そのすべてが、真悠にとってかけがえのない瞬間だった。
“誰にも期待してないような顔”で、“ちゃんと見てくれていた”ことが嬉しかった。
それから私は、彼と話す機会を少しずつ作った。
廊下ですれ違うときに挨拶してみたり、課題を一緒にやったり。
恋をした、と思った。
「妃芽に相談してみようかな」
ある日の放課後、私は思い切ってその話をした。
妃芽は嬉しそうに笑って、「真悠が恋するの、久しぶりじゃん!」って、冗談まじりに言った。
「協力するよ。声かけておこうか?」なんて軽く言われて、
私は、ちょっとだけ不安だったけど——彼女になら、と思った。
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