交差する思いの彼方
脇井実唯
第1話 主役にはなれない
放課後の音楽室。
夕陽が窓から差し込んで、譜面台の影が長く伸びている。
吹奏楽部の練習が終わり、楽器の片付けが始まった頃。
私はまだ、クラリネットを分解するふりをしながら、その姿を見ていた。
音無妃芽——。
フルートを丁寧に拭く彼女は、いつもと同じように美しかった。
指先の動きまで絵になるほどで、しかも完璧に音を出せるから、先生にも慕われており、後輩にも憧れられている。
(まただ……)
その隣では、同期の里奈と汐乃と美野里が笑い合っている。会話の中心には、やっぱり妃芽がいる。
私は今日もその“輪の外”にいた。
それが普通。もう慣れたはずなのに、慣れない。
倉地も、椎畑くんも、松藤くんも、光助も——
みんな最初は私と話していたのに、気づけば妃芽を見ていた。
私は恋の始まりにしかなれない。
でも、もし——。
「誰かじゃなくて、妃芽を最初に好きになったのが私だったら」
そんなこと、考えちゃいけない。
女の子同士なんて。誰にも言えない。言ってはいけない。
けれど。
「……真悠、まだ片付いてないの?」
また声をかけられて、私は顔を上げる。
妃芽がフルートのケースを抱えて、私を見ていた。
その瞳にまっすぐに見つめられると、どうしても呼吸が少しだけ苦しくなる。
「ううん、いま終わるとこ」
そう言って、私はクラリネットのキーをふと指でなぞる。
この楽器の音色が好き。
だけど、妃芽のフルートの音には敵わない。
その音色を初めて聞いた日、私は確かに胸が高鳴った。
——誰よりも早く、妃芽のことを「好きだ」と感じた。
ただ、それが「恋」だったのか「憧れ」だったのか。
まだ、答えを出すのがこわいだけ。
(また誰かが、妃芽のことを好きになるんだろうな)
私は黙って、楽器ケースを閉じた。
誰にも届かない気持ちを、音と一緒に飲み込んで。
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