魔法少女☆オーバードーズ!

蛇草苹果

第1話「眠りの処方箋(プリスクリプション)」

01|昼の街、新宿

 夏の太陽が、ガラスと鉄の街をまるごと溶かす勢いで降り注いでいる。

 雑踏の喧騒、新宿駅の東口。巨大スクリーンの広告が、皮膚にひっつくような電子音を撒き散らしていた。


「スミレちゃーん、そっちじゃないよ。映画館は北口!」

「……ん。つい、流れに乗ってた」


 振り向いた少女――スミレ=ゾルピデムは、眠たげな目で人波をたどる。麦わら帽子の影が、陶器のような肌をなぞっていた。


 隣を歩く少女、カナ=セルトラリンは派手なサンダルにジーンズの短パン。どこか浮かれた観光客のような服装だったが、その瞳の奥は静かだった。


「それで、今夜の“任務”、来る?」

「来るよ。“処方”、受けてるし……今日はフェーズ2」


 私たち魔法少女は、変身するための薬を“処方”される。“フェーズ”はその薬の強さを示すランクのようなものだ。


「そっか。私もフェーズ1に戻ったとこ」

「感情、安定してる?」


 カナは一瞬黙り、笑った。


「してる“ふり”は、上手になったよ」


 そのやりとりの間に、二人はTOシネマのエスカレーターを登り、暗がりのロビーへ滑り込んだ。


02|夜、映画館の裏

 上映が終わり、観客が三々五々に帰っていく。

 スミレはロビーに立ち止まり、じっと闇を見つめていた。


「……匂う」


 コンクリートの隙間から、化学薬品めいた冷たい風が流れ出していた。

 カナはスマートタグを確認し、小さく頷いた。私たちの敵、ODオーバードーズ出現の通知だ。


「P.U.R.E本部から警戒通知。ODオーバードーズ・フェンタニルの発生を確認、ランクC。出るよ」


「了解――処方プリスクリプション、開始」


 スミレがポケットから取り出したのは、白と銀のカプセル。噛み砕くと、まるで夢のように身体が光の粒子に包まれる。


「……眠りなさい。現実よりも、やさしい夢の中へ――」


《Prescription: Zolpidem》

コードネーム:マイスリー


 闇色のフリルと夜霧をまとった魔法少女――スミレは、ゆらりと浮かび上がる。

 その背に現れるのは注射器のような魔導ステッキ――夢霧ソムニウム


「――“夢を見て”もらうわ。永遠にね」


 続けてカナも、青緑色のリキッドカプセルを嚥下する。


「あなたの痛み、私が受け止める――」


《Prescription: Sertraline》

コードネーム:ゾロフト


 透明な光の波が彼女の身体を包み、ミントカラーのケープと錠剤型チャームが揺れる魔法少女へと変身していく。


「感情値、同期完了。あなたの“不安”を、私が背負うわ」


03|戦闘:オーバードーズ=フェンタニル

 映画館裏のごみ集積場、蒸気が漏れる空調ダクトの隙間から、それは這い出してきた――ゾンビのように。

 人の形をしているが、皮膚は溶けて液体化し、神経繊維が露出している。


 その“OD個体”は、元は人間――薬物過剰摂取で自我を溶かした末路だ。


「きもち……い……もっと、もっと……っ!」


 断続的な言葉とともに、ODは街灯に触れた瞬間、まるごと蒸発させた。周囲にいた野良猫すら消し炭になっている。


「鎮静化、急がなきゃ!」

「私が先に、入る――ソムニウム、散布」


 スミレはステッキの先端から霧を噴射する。

 青紫の霞がODオーバードーズの感覚を曇らせ、動きが鈍る。


「……ねむ……い……なん、だ……これ……?」


 その隙に、ゾロフト――カナがチャームを弾く。感情を解析し、不安・焦燥・渇望を一括抽出。魔力へと転換。


「――《セロトニック・コンプレッション》!」


 圧縮されたエネルギーがチャームから放出され、ODオーバードーズの頭部を撃ち抜く。

 呻き声とともに、敵は爆ぜた。


 だが一瞬、敵の残骸から煙のような何かが、スミレにすり寄る。


「……また、“あの声”がする」

「スミレ?」


「ううん。大丈夫。夢みたいなもん……だから」


04|処理後

 警戒区域が解除され、P.U.R.Eの無人ドローンが現場を処理していく。

 二人は元の制服姿に戻り、夜風に当たりながら自販機の前に立っていた。


「またひとつ、薬が効いたね」

「でも……副作用は、じわじわくるよ」


 カナがペットボトルを渡すと、スミレは小さく微笑んだ。


「ありがと。これが、今夜の“眠剤”かな」

「……飲む前に、もう少し話そうよ。まだ、私たちの“処方箋”は続くんだし」


 新宿の街は、変わらずまばゆく光っていた。

 だがその光の裏には、名もなき苦しみと、ひとさじの希望が確かに存在していた。



―――


【用語解説】

ゾルピデム(マイスリー)

 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬。半減期が短く、寝つきの改善に特化して翌朝に持ち越しにくいという特徴をもつ。主な副作用に、飲んでから寝る前の記憶が無くなる(前向性健忘)、夢遊病など。


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