河上の蛍
はくまい
オープニング
目覚ましに設定してある好きなロックバンドの曲とともに、重い瞼を開ける。スマホから爆音で流れ続ける曲を停止させて時間表記を見ると、朝の七時過ぎだった。
設定していた時刻よりはいくらか遅いけれど、つい最近まで春休みで、生活習慣が荒れに荒れていたことを考えれば上出来だろうとは思う。
ド深夜に寝落ちして昼過ぎくらいに起きるなんていう自堕落の権化みたいな生活を、ここ一ヶ月くらいはずっと過ごしていたのである。宿題のない大型の休みなんて、うちの中学では三年の春休みくらいだから。
だけど、急激に生活習慣を人間寄りに戻したせいか、身体と頭が鉛でも入っているのかと思うくらいには重い。それでもなんとかして身体を起こし、ふらふらと窓際まで歩いてカーテンを開け、ぽかぽかと温かい朝日を浴びる。
四月が始まって、つい最近までしつこく残っていた冬の足跡はようやく遠ざかっていったようで。春の陽気は窓を開けずとも、陽の光と一緒に部屋の中へ差し込んできた。最近まで使っていたエアコンは、これにていったんお役御免となりそうだ。
少しは目が覚めたけれど、また微睡みに包まれている頭を軽く振って、窓に背を向ける。向かいにあるクローゼットを開けると、そこには私服と整理が面倒くさくて卒業式のままの中学の制服に加えて、汚れはおろか皴ひとつない真新しい制服が吊られていた。ハンガーごと手に取ると、洗剤の他に家庭科の裁縫の授業で使っていた布の匂いがする。新品の服特有のアレだ。
同級生の大半とは別の進学先になったとはいえ、いつも一緒に過ごしていた面子とは同じ進学先になったものだから、正直に言うと気分は中学の頃からそれほど変わっていない。そのせいか、こうして姿見に映るわたしの上から高校の制服を重ねてみても、中身が変わらないような気がしてそれほど胸は高鳴らなかった。
「お姉ちゃん、いつまで寝てるの? そろそろ起きないと入学式遅刻するよ」
下の階からわたしと違って健康的で、最近棘を感じるようになってきた声が聞こえてくる。だけど、我が愛しの妹にこうして今日が入学式であることを知らされても、なんというか、いまいち実感が湧いてこない。
……でもまぁ、それでも。
わたしこと
――これから語られるのは、日常の延長線上にあるちょっとした非日常。
例えば朝番組の星座占いで上位になったり、コンビニで買ったアイスが当たりだったり、自販機のお釣りのレバーを下げたら中から十円が転がり落ちてきたり。
そんな特になんということもない、世の中をほんの少しだけ彩るような小さな灯り。
世界とか、将来とか。そういった重大なものは何一つ懸かっていない、波風の一つも立ちそうにない。
でも、いつの日かふと思い出す。そんな取り留めのない学生譚だ。
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