第2話 海に沈んだ声


 ――ゲート通過、完了。

 視界の端に、空間の縁がまだ微かに揺れている。超長距離移動の名残。

 目の前には青白く輝くステーションが、まるで深海魚のように宇宙に浮かんでいた。


「到着したわよ、ケイン。ここが“イーラ・コア”」

 船内に響くアテナの声は、いつものように穏やかで、それでいてよく通る。

 ホログラムの姿もすでに現れていた。銀髪の長い髪がふわりと揺れて、彼の隣に佇む。


「外から見る分には、静かすぎるくらいだな」

 ケインは椅子にもたれ、前方の広いコックピット越しにステーションを眺めた。

 琥珀色の瞳が、どこか探るように宇宙を見つめている。


 宙域62-4。“沈む宙(そら)”と通称される場所。

 数十年前に資源目的で掘られた海洋型ステーションが、今は半ば放棄されている。

 依頼内容は、「通信断絶したステーションで生存者の確認と回収」――いわゆる厄介事だ。

 よほど暇なやつか、物好きくらいしか引き受けない。


「セキュリティ解除信号、受信できないわ」

「ありがちなパターンだな。一旦こじ開けろ」

「どちらかというと、“あなたが帰ってこられるかどうかの運試し”って感じだけど」


 ケインは小さく笑って立ち上がった。

 黒いジャケットを羽織り、腰のホルスターに小型ブラスターを装着。船の壁面から、薄型の酸素遮断スーツを取り出して袖を通す。戦闘用ではないが、宇宙の空気にはちょっと過敏すぎる性質らしい。


「アテナ、ドック接続。ハッチは俺が開ける」

「了解。ドックロック解除、空気圧チェック完了。……気をつけて、ケイン」


 いつもより、少しだけ言葉が遅れた気がした。

 まるで、“違和感”を感じ取っているかのような――そんな声だった。


 ――ハッチ開放。

 無音の宇宙に、音もなく繋がる通路。

 彼はゆっくりと、だが迷いなく足を踏み出した。


 


 ステーション内は、予想通りに静まり返っていた。

 空調は生きている。照明も点いている。けれど、人の気配が一切ない。

 廃墟じゃないのに、気配だけが死んでいる。そういう場所だった。


「……」

 ケインは通信チャンネルを開き、何か受信するの待つ。

 応答は、ノイズ。


 そのとき――


 「っ……!」


 視界の隅、角の向こう。何かが“這う”ように動いた。


 すぐにケインは銃を抜いて身を低くした。

 ブーツが床に当たる金属音すら控えめに、廊下を進む。


 そして――


 角を曲がった先に、いた。


 人ではない。

 けれど、“人だったもの”が、そこにいた。


 全身が機械に取り込まれたかのように変質した人型。

 皮膚はところどころにしか残っておらず、代わりに機械的な神経線が剥き出しになっていた。

 それは、視線に反応し、ゆっくりとケインの方へ振り向く。


「……人間兵器。残骸か、はたまた実験体か」


 その答えは、返ってくるはずもない。

 奴は、跳んだ。異様な跳躍力で、静止していたケインへ一直線に。


「アテナ、応答!」

『迎撃モード、発動します。

・・・・ケイン、伏せて!』


 その瞬間、通路の天井から細い砲塔がせり出し、鋭い光線が飛んだ。

 爆ぜる火花、吹き飛ぶ機械の残骸。敵は一撃で沈黙した。

 だが。


『他にもいるわ。動き出してる』


「つまり、俺が面倒な仕事を引いたってことだな!」


 ケインは苦笑を浮かべて銃を構えた。

 ――その声が、どこからか彼を“呼んだ”気がしてならなかった。

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