第13話 病室での一時

「以上が、お兄ちゃんがぐーすかぴーしてた間の一部始終です」


 事態が飲み込めなかった一樹に、葵の生放送のアーカイブを見せながら解説していた真由が、そう言って締めくくった。


「…………」


 一樹はしばらく無言のまま硬直していたが、やがてゆっくりと自身の頬に手を持って行き――


「兄貴よ。残念ながらこれは現実だ受け入れるしかない」

「ねぇ待ってせめて頬をつねって確かめるまでは信じさせて!」


 頬をつねる前に、悟りを開いたような表情の妹の言葉に、一樹は思わず涙目になってしまう。


「大体、お兄ちゃん今までだって配信してたんじゃん。今更全国レベルでバズるくらい……」

「それとこれとは話が別なの!」


 確かに、今までだって配信者をしてきた。しかも、お世辞にも褒められるような配信ではない形で。

 しかし、素顔で、あんな恥ずかしい戦闘シーンを見られて、その上持て囃されるのは……なんというか、恥ずかしいのだ。


「しかも今まで視聴者を伸ばすために作ってきたキャラ付けが一夜にして崩れ去った。おわった。終わりました。俺の配信者人生……」

「う~ん……終わんないと思うヨ」

「へ?」


 ジト目の真由が差し出したスマホには、イヌガミ――一樹のアカウントが(もはや当然のように兄のアカウントを特定していることにはツッコまないでおく)。

 

「は? え!? と、登録者27万人!?」


 アイコンの横に表示されていて、なおかつ今なお伸び続ける数字に一樹は愕然とする。

 ほんの数時間前までは10万人かそこらだったのに、世の中何が原因でどうなるかわからないものである。


「いや、まああれだけバズれば当然なのか……ちょっと待って。じゃあ、俺が今まで馴れない暴言で地道にファンを増やしてた努力はどうなるの?」

「うん、無駄だったね♪」

「ごぶっは!」


 瀕死になってベッドに倒れ込む一樹。なお、妹が絡むとポンコツに成り果てる一樹は、ヘイトを集めていたキャラの素がヒーローだった、というギャップも一躍買っていることに気付いていないらしい。


「くっ……けど、これはこれで次回からの配信のハードルが爆上がりしたことに……」


 突発的な鬼バズりで、一樹は実力以上の知名度を得てしまった。

曲がりなりにも配信者をやっている以上、それは歓迎すべきことだ。

一樹が馴れないキャラを演じてまで配信をしているのには、もちろんそれなりの理由がある。そのためにも、有名になるのはやぶさかではない。


しかし――流石にこのレベルのものは予想していなかった。

今までの暴言が演技だとバレてざわついた上、ドラゴンをあろうことか大人気配信者の前でボッコボコにしてしまうなんて。


それで得たものを活かせるのか、それとも殺すことになるのか。

 どちらにせよ、胃が痛い話である。


「……と、そうだ。自分のことばっかで忘れてたけど、あの人はどうなったの? ほら、成り行きで助けることになった――」

「ああ、あの金魚の水槽に浮いてそうな名前の人?」

「そう、その人!」


 一樹はベッドから再び起き上がり、真由の目を覗き込む。

 あれだけ身体を張って、助けられていませんでした――なんてなったら目も当てられない。

 傷もひどかったし、無事でいてくれればよいが――


「そんなに辛そうな顔しなくても、ちゃんと生きてるよ。お兄ちゃんが身体張って助けたお陰だね」


 よく頑張りました、と言わんばかりに真由は一樹の頭を撫でる。


「ならよかった」

「今は、この病院で治療を受けてる。意識はまだ戻ってないみたいだけど、命に別状はないそうだよ」

「そっか。あとで、見舞いに寄ってから帰ろうか」

「いや無理だよ」

「え?」


 何気なく提案した一樹だったが、妹から予想もしてなかった反応をされ、戸惑ってしまう。


「えっと……ごめん、何を言ってるの?」

「お兄ちゃんこそ何を言ってるの? 見舞い以前にお兄ちゃんも患者なんだから、今日家に帰れるわけないでしょ?」

「……え? マジ?」

「うん、まじ」


 想定外の事実を告げられ、一樹は戸惑ってしまう。


「で、でも身体の傷は完治してるし」

「完治してても一応は一日様子見が必要なの! お兄ちゃんだって葵さんに負けないくらい……っていうか、お兄ちゃんの方が怪我ひどかったんだからね!」

「はい、すいませんでした」


 わりと本気で怒っている気配を察した一樹は、その場で本日何度目かの土下座を敢行する。


「はぁ……今夜は病院飯になるのか。やだな、味薄いんだよな、あれ」

「調味料ならここにあるよ? 使う?」

「使わないから唐辛子入りのバスケット近づけてくるのやめて! ていうかリンゴじゃないってわかってんじゃん!!」


 あ、ちょ、やめ。あぁあああああああああ!


 という絶叫が、夜の病室に響き、2人そろってナースさんに叱られたのは言うまでもない。


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