第12話 かくして英雄にされてしまう

 世界が、壊れるかと錯覚するほどの天変地異だった。

 稲妻が縦横無尽に走り回り、地面も天井も壁も、全てが粉々に砕け散っていった。  天井の一部は崩落し、18階層の土砂が流れ込んでくる始末。


 その中にあって、葵が生きていたのは、ただの奇跡に他ならなかった。

 もっとも――彼女は気を失い、ボロボロの状態で倒れていた。仮に意識があったとしても、もはや指一本動かすことはかなわない。そんな有様だった。

 そして、そんな奇跡もきっと二度は続かない。


 それを示すように、ドラゴンの赤い目が、獲物と見定めた少女を睥睨していて――

 チャット欄はもう、阿鼻叫喚だった。


『葵ちゃん!」

『おいちょっ、これやべぇだろ』

『生きてるか? 生きててくれ!』

『誰か近くにいるヤツいないのか!』

『いねぇよ! いたとしても誰がドラゴン相手にできんだよ!』

『おい! 死んでねぇよな?』

『逃げてくれ! ドラゴンが!』

『起きろ! ヤバいって!』

『え? これ大丈夫なの? ねぇ!』


 誰も、カメラの先で起こっている状況が、現実として理解できない。理解、したくない。

 なまじ、ダンジョン配信とは、自分で命をかける勇気がない者が見ることが多いがゆえに、こういったピンチには誰も馴れていない。

 いや。仮に馴れていたとしても、数秒後にやってくるであろう少女の死は、消えない傷を人の心に与えるもので――

 

『ゴアアアアアアアァッ!』


 しかし、ドラゴンは無慈悲に嘶く。それと同時に、口腔に巨大な炎の塊が生み出され、肥大化していく。

 視聴者の願いも、現実逃避も、何一つ許さない。それ故に、SSランクのモンスターと呼ばれる。


 紅炎が成長しきり、倒れたまま動かない少女へ向けて放たれ――誰もが、数秒後の凄惨な光景を覚悟した。

 

 そのときだった。

 不意に、影が少女と火球の間に割り込んだのは。

 

 紫がかった髪を持つ、1人の少年だった。

 その手にはたった一本の剣を持ち、しかし一切の淀みなく地面を蹴って、火球の前に立ち塞がった。


「はぁああああああああああっ!」


 そして、裂帛の気迫と共に一閃。

 大気が、割れた。

 炎が、消し飛んだ。

 絶望が、切り払われた。


 たった一本の剣で、その場にあったものも、画面の向こうにあったものも、すべて等しく薙ぎ払った。


「上等だよ、トカゲ野郎」


 ちっぽけな少年は、しかし大きな覚悟を背負って立つ。

  

「勝てるかとか、勝てないかとか、そんなこと考えるのはやめだ。お前はここで倒す。誰も死なせないよ」


 唐突に舞い降りた英雄は、剣を構えなおす。

 今ここに、後々“竜殺し”の異名で知られる一樹の激戦が幕を開けた。


――。


 誰もが、その光景に見入っていた。

 いつの間にかチャットを打つ者はおらず、ただただその壮絶な戦いに魅入られていた。

 そして、その戦いが終わり、ドラゴンが氷の墓標と化した後――


『……マジ?』


 誰が呟いたか。

 その一言が呼び水となって、次々とコメントが投下されていった。


『は? ドラゴン単騎で倒し……はぁ?』

『ちょっ、この子誰!?』

『どっかで見たことあるような……』

『イヌガミだよ! ほら、例の炎上系配信者の』

『誰』

『知らん』

『あー聞いたことある。でも、ソイツ顔バレ嫌で隠してたんじゃないっけ?』

『さっき放送事故起きて、顔出したんだよ!』

『まじ?』

『まじ! これ放送アーカイブ! http/dandan.net.17694』

『マジかよ……じゃあ、放送事故起きた直後ってこと!?』

『てか強過ぎんだろ! ドラゴン倒したぞ!?』

『普段Bランクまでしか戦わないからなんでなんだろって思ってたけど、ちゃんと強ぇ』

『てか肉壁になって葵ちゃん守ってたの、格好良すぎだろ』

『それな! これは拡散しなければ!』

『既にバズり始めてるぞ。これ明日のネットニュースんなるだろ』


 ――絶体絶命の状況を命がけで覆した英雄。

 その存在は、もの凄い速度でネットの海を駆け巡っていくのだった。(なお、ついでとばかりに一樹の放送事故も拡散されたのは言うまでもない)

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