1-2:あけぼのの下できみを待つ

 あれからずっと、わたしは生きながらにして醒めない夢を見ているのだと思う。今でも「彼」の夢を見る。多い時で週に二、三度。少なくとも週に一度は、あの人はわたしに会いに来てくれる。

 ここが夢の中だと認識はできても、わたし自身で任意に夢を操ることはできない。だからおそらく彼自身が、望んで時間を作ってくれているのだ。わたしという人間を哀れんでいるのか、慈しんでくれた結果なのか、それはわからないけど。

 だけどあの人がわたしへと傾けてくれる感情が、想いがどうか愛であったらいいのにと望みをかけてしまうのは、果たして悪いことなんだろうか。あの日、また会いたいと願って、彼は叶えてくれた。あれからあの人はわたしのわがままに付き合い続けてくれている。

 そこにひと握りの情すらないなんて、思いたくない。だけど心の奥底に沈められたままであろう、彼の本音を悟れるほどに、わたしはあの人のことなんて知らない。近くて遠いあなたに、焦がれている。今までも、たぶん、これからも。


「……結局、未だに名前、聞けずじまいだな」


 そして彼もまた、わたしの名前を知りたがってはこなかった。今なおあの人はわたしを「きみ」と呼び、そしてわたしもまた彼を「あなた」と呼ぶ。誰もいない、他者が介在しない、ふたりぼっちの空間だからそれで間に合ってしまう。個人の名前を把握しなければならない合理的な理由がない。

 だから名を聞かれないし、言ってももらえない。だからといってもしも他者の介在を許すことと引き換えに名を聞き出せたとしても、紛れ込んだ異物について悩む羽目になるんだともう答えを既に導き出してしまっている。知らない誰かがあの人の名を口にしたと考えるだけで、気が狂いそうになる。なんて浅ましい、みっともない、くだらない嫉妬と独占欲なんだろう。

 どうか見透かさないで。どうかわたしを知ろうとしないで。だけど、わたしが彼を知りたいと思うのと同じくらいに、彼にもわたしを知ろうとしてほしいと望んでしまうのは。名前のない関係にいつか終わりが来ることに怯えているから。

 永遠なんかない、約束されたハッピーエンドなんてどこにも。あなただけのわたしになりたい、わたしだけのあなたでいて。そう口にさえできたら、どんなに。

 あの日、泣きたくなるほど優しい笑顔の中に、擦り切れかけている寂しさをみた。心に空いた巨大な虚を埋められたらいいと、叶うあてのない願いをいだいている。


「……今日もまた、あの人の夢が、見れるかな」


 暗い部屋で一人呟いて、ベッドへその身を投げ出す。忍び寄る睡魔に抗わず、瞼を閉じる。

 ──だけど、この日から二度と「彼」がわたしに逢いに来てくれることは、なくなった。

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