むんっ
さてさて、十一層とかいう地獄に高宮夫妻を誘って、ついでに六層のフィールドに出現する魔物素材を集めるという依頼をこなしにきたわけだが。
「何してんの、これ」
:いやマジでなにしてんの
:そうそう見ないぞこんな状況
六層ってのは、かつてダンジョンの中に存在したとされているストリアヴェリアという王国の痕跡が深く残っている層だ。
牢獄跡地だとか、処刑場跡地だとか、そういったものが多い。
それは、この六層が全体的に気温が低かったり、昼夜の寒暖差が非常に激しかったり、場所によっては氷点下五十度にまで気温が下がる極寒地帯が存在しているように、過酷な環境であるからなのだろう。
当然と言うかなんというか、そういう場所ってのは棲息する魔物もまた、その過酷な環境の中で淘汰されずに生き残ってきた、ある意味でのしぶとさみたいなものを持つ種であるがゆえ。
獲物を捕らえる狡猾さだとか、そもそもの身体スペックだとか。
そんな、いわゆる“強さ”を持っている存在が多かったりする。
さあ、そんで私は今どこにいるのかというと。
第六層東部樹林地帯。針葉樹が鬱蒼と生え、一度迷えば出ることは困難となる危険地帯だ。
特殊魔力回線ゆえにマナ由来の通信に支障はないが、磁場や電波に頼る通信は死ぬ。
当然、迷った挙句野垂れ死ぬなんて真似は、私はしないのだが。
「あーと……助け、いる?」
「どう見てもいるじゃないですか早く助けてください!」
「ん。ちょっと冷たいと思うけど我慢してね」
「死ななきゃ安いんですよどんとこい冷たっ!?」
ちょっと要救助者の身体も砕いちゃったけど、どうせ治癒魔術で治るので無問題。
なんか痛そうだけど、出血はしてない。
:お前……お前……!
:あの、脇腹えぐっといてなんでこんな一仕事した感出してるの???
:それが銀狼ですから
:慣れるしかないから慣れろ。俺は慣れた
:まあ治癒魔術で治るし出血もしないし凍ってるから痛みもないから合理的ではある
:救助……?これが救助……?
コメント欄の流れが速くなった。無視しとこう。
普段の私のスタイルを崩すくらいなら、相手せずにそのまま私流を貫いた方がたいていの場合は効率的で合理的なことに気が付いた。
自己中と言うなかれ。ダンジョンでの対応には即時的判断が求められるのだ。
ちなみに救助者の子は青ざめてる。許してね。
絡みつかれてる場所をある程度砕いたせいで足も手も砕けて達磨みたいになってるし、脇腹もえぐれてる。
もちろんまともな着地なんてできずに、どさりとその体が倒れた。
まだ近くにいるだろうツルを刺激しないように、ゆっくり歩く。
振動を感知して生物を捕らえる魔物のツルだ。逆に言えば最小限の刺激程度なら感知されないために安全。
:倒れてる子の視点で見ると恐怖だろこれ
:俺ならトラウマ
:バッドコミュニケーションが過ぎる
「声出さないで」
「ひっ……ころさないでくださ」
失礼な。私は逆に君を助ける存在だというのに。
魔物に殺されかけてたことでそういう発想の方が先に来てしまうのだろうか。
どっちにしろすぐ助けるので問題はない。
「“
割と消し飛ばしてしまったので、思念法よりも効果の高い詠唱法。短縮詠唱。
患部が凍り付き、癒しの氷が溶けるたび、みるみるうちに失われた体が再生していく。
欠損部位すらも再生されているのはいったいどういう構造なのかはわからないが、おおかたマナが身体の代わりになって、それが定着することで……みたいなところだろうか。
別に魔導学に対しての学はないので、あまりそこら辺は分からない。専門家に今度聞いてみてもいいかも。
:なんかもう、欠損くらいじゃなんとも思わないのねこの子
:そりゃ本人だって下半身消し飛ばされたりの経験もあるし
:そもそもハンターやってたらもっと惨い死体なんて山ほど見るしね
:深層ハンターってもしかしてみんなこんなもん?
:シアはぶっちぎりでやばいけどまあみんなこんなもんよ
:この子は深層の中でも倫理観と価値観がぶっ飛んでる
どうでもいいことを考えながら、体表を見る。
一応触られてたっぽい場所は消し飛ばして、おそらく種を植え付けられた部分はなくなったと思うけど。
捕らえた生物に寄生して……というか苗床にしてその個体数を増やしていくのが、ここ六層樹林地帯に出現する植物型魔物であるヤドリヅルの特徴だ。
ツルの先端、尖った部分から種を体表に植え付け、宿主の栄養を徐々に喰らい、ある程度成長すると一気に宿主を喰らって、その場所に根を張る。
厄介なのはその性質で、種子にある毒が神経に作用することでそもそも本人は植え付けられていることに気づきにくい。
ついた異名は這い寄る木陰。気づけば体中に広がっており対処困難、最悪の場合発覚してもそのまま対処不能故に、食い尽くされることをわかりながら死ぬまで生きるなんてことにもなりうる。
対策としてはヒトリダケの粉末から作った袋をぶら下げておくこと。
あとはもう、マナ適応を進めて体表を硬くして、そもそも種を植え付けられないようにするくらいだろうか。
他にも、捕まったらとにかく腹筋に力を入れるなんてのもある。
魔物であり寄生生物ではあるのだが、所詮は植物。
一番種を植え付けやすい柔らかい場所ってのは、お腹なのだ。
そのため自然と狙ってくるのはお腹になる。一部の人は胸になるけど、大体そこって他の場所よりも防御力の高い素材が使われているので、考慮には入れないのが無難。
お腹に突き刺して来ようとするなら、もう頑張って腹筋に力入れて、ツルを阻んでしまうって手がとれる。
狙いさえわかれば、なんとでもなるのだ。
バイザウェイの閑話休題。
どうやらこの子の体表に種を植え付けらえているなんてことは無いみたい。
よかったよかった一安心。なんて思って治癒されているこの子の身体を見ていたのだが、そんな私に忍び寄るツルがいた。
残り一メートル弱。全然対処できるが、ここでちょっと迷う。
こいつ、捕まえた宿主候補に、四方八方から襲い掛かる性質があるのだ。
そして基本的に、ヤドリヅルってのは群生することはない。
具体的な数字を出すと、一体いたとしたらそこから半径二十メートルくらいには生えていないことが多い。もちろん例外もあるにはあるけど。
つまり何が言いたいかというと。
こいつに捕まっておけば、少なくともこの子は安全なのだ。
しからば下す判断はひとつ。
本体がどこにいるのか見当がついていない現状、対処としてはこれ以上に効率的なものはないだろう。
それに私、筋肉はあまりつかない体質だけど、マナ適応のおかげでそこらのガチムチより圧倒的に身体硬度が高い。
「わー」
:なにしてんの!?
:気づいてたよね完全に!?なんなら見てたよね!?
:あーそゆこと
:まあシアちゃんならそうするか……
:古参勢が限りなく冷静なの草
手足に巻き付いたツル。まだ自由に遊んでいたツルたちが、一斉に私の体表を撫でて、その中の数本が私のお腹で止まった。
見つけたのだろう。種を植えるのに最適な場所を。
ただ、舐めるなよ。こちとら十二層ハンターだぞ。
「むんっ……ざこめ」
:あのそのツルって六層付近で採取できる金属ならゆうに貫いた気が
:まあ金属程度貫けたところでね
:深層のマナに浸され続けた肉体を貫けるわけがないんだよなぁ
口の中に入り込んできたりとか、そういうツルもあるけれど。
大丈夫。そういうのは噛み切れば問題なし。
「ぺっ」
種が甘かったらもしかしたら飲み込んでしまったかも。
残念ながら非常に苦いため、そんな気は一切起こらない。多分飲み込んでも胃液で溶けると思うけど。
なんてことを考えながら、ちらっと倒れている身体を見る。
しっかり回復してるみたいだ。なんか顔が凄く青ざめてるけど、まだ怖いのだろうか。
まあそのうち慣れてくれるだろう。
と、腹がダメなら腿に刺そうとしたんだろうけど、残念ながら多少なりとも酷使する脚にはそれなりに筋肉がついてるぞ、私。いや別にそれでも力入れないとふにふにしてるわけではあるが。
今度は足にむんっと力を入れれば、そこに刺すこともかなわない。
多分あと二分くらいすれば、治癒魔術も回り切るだろう。
まったく、随分とめんどくさい救助である。
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