第36話 因縁の暗殺決戦は雲隠れ!?

 湿った空気が充満する細い裏路地。

 舗装されていない石畳には水溜りが点在し、頭上には裸電球が申し訳程度に灯っていた。

 誰にも知られぬ場所で、密やかな戦いの幕が上がった。


「まさか、あんたが来るとはね…絢瀬」

 鷹見レイはスーツの裾をたくし上げると、軽やかに一歩下がった。


「本当はこういうの、俺は好きじゃないんだけどな」

 絢瀬は鼻で笑い、ポケットから黒手袋をはめながら応じた。


 その背後では、あんこが銃のようなものを構えていた。

 見た目は玩具のようだが、弾には高圧電流を帯びた改造カートリッジが装填されていた。


「お知り合いのようですが…やっちゃっていいんですか?」

とあんこが訊くと、絢瀬はにやりと笑って頷いた。


「殺れるもんなら、殺ってみろよ――鷹見レイ」


「なめられたものですね……」


 鷹見がそういって、キッとあんこをにらんだ。


 だが、あんこは怯まず、次の瞬間、トリガーを引いた。

 高圧電流の閃光が、路地を照らした。


 だが、それは空を切った。

 鷹見の姿は、わずかな身体の傾きと足運びだけで、まるで舞うように避けられていた。


「……ちょこまかと…!」


 園田が前方から蹴りを放った。

 鷹見は袖口から伸ばしたスティレットナイフで園田の脛を受け流し、逆に手首を取りかける――

 が、その手を絢瀬が間に割って入った。


 拳が交差し、金属のこすれる音が走った。

 互いの間合いを見極めるように、地面を蹴る音が交錯した。


 絢瀬は鋭いジャブのような突きを繰り返すが、鷹見は無駄な反撃を一切しない。

 すべて受け流し、いなす。まるで時間を稼ぐためだけの動きだった。


「……やっぱりな」

 絢瀬は気づいた。


「お前、最初から勝つ気なんてない。逃げに徹してるな」


 鷹見は一瞬笑みを浮かべた。


「私の仕事は、負けないことですから」


 その瞬間、鷹見は路地の奥、鉄扉の向こうへと飛び込んだ。

 一拍遅れて、絢瀬と園田が追った。


 鉄扉を開け放ったが、そこは古い倉庫のような空間。

 残されたのは、風に揺れる非常灯と、閉まりかけた裏口のシャッターだけだった。


「……逃げたか」

 園田が苦々しく言った。


「けど、まだ終わっちゃいねぇ」

 絢瀬が短く命じた。

「記者を追え。まだ遠くへは行ってないはずだ」


 その後、あんこと園田は路地裏を奔走した。

 分かれ道をいくつも曲がり、わずかな足音の残響や、落ち葉の擦れる音を頼りに追跡した。


 だが――見つからなかった。


「いない……!」

 あんこが壁を蹴った。


「まさか、鷹見の側のやつらに保護された……」


 園田は口を噤んだまま、風の止んだ夜空を睨んでいた。

 薄い雲の向こう、月は静かに笑っているようだった。



 そうして、結局、あんこたちは鷹見どころか記者を捕まえることもできず、その夜は過ぎた。


 そして、夕陽咲は、あたかも何事もなかったかのように、企業コラボ配信を華やかに成功させた。


 背景にどれほど暗い謀略と、血の匂いが漂っていようとも、彼女の画面上の笑顔は、どこまでも無垢で完璧だった。

 商品紹介も、トークも、視聴者を離さず、企業サイドも満足。

 SNSでは"個人Vの時代が来た!"と歓喜する声が溢れ、まるで革命のような熱気に包まれていた。


「これは……もはや、事務所所属の意味がないのでは?」

「結局、才能のある奴が個人でやる方が儲かるってことか」

 そんな声が囁かれ、影響は市場にも及んでいた。


 ニジライブ、そしてホロサンジ。

 二大VTuber事務所の株価は、同時に下落した。


 その動きは緩やかだが、確実で。

 まるで、大きなものが静かに崩れ始めているようだった。


 そして、その流れを危惧して――


 都内の、とある高層ビルの一室。


 長い会議テーブルを挟んで、ふたりの男が対峙していた。


 ひとりは、ニジライブの代表取締役、山郷 彰正。

 もうひとりは、ホロサンジの代表取締役、角畑 慶雅。


「……どうも、山郷さん」

 角畑はにこやかに、手を差し出した。


「やあ、角畑さん。お久しぶりですな」

 山郷もまた、笑顔を返しながら握手を交わした。


 ――だが、目は笑っていなかった。

 互いの視線は、氷のように鋭く、試し合うような無音の圧力を空気に満たしていた。


 そして、その後ろに控える二つの影――


 ニジライブ側に立つは、鋭い眼光を仮面の奥に潜ませた、表では、V界最強の歌姫にして配信者、裏では最強の暗殺者、夜街れいせい。


 ホロサンジ側に立つは、白銀の髪と高校の制服が特徴の美しき生徒会長、トップVでありながら"変人芸術家"の異名で知られる、闇ノ美狐やみのみこ


 二人の気配は、まるで刀剣同士が鞘の中で鳴き交わしているかのようだった。


 一触即発――

 火種は、すでにそこにあった。

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