第13話 Vはロケットランチャー撃たれるのが日常!?

 飛び散る破片。

 砕ける壁。

 巻き上がる埃。


 目の前の景色が、音を失って、ゆっくりと崩れていくように見えた。

 まるで、時間だけが遅く流れているようだった。


「っ……!」


 ピ――――!


 トラックのフロント部分から鳴り響く警報音が、現実に引き戻した。

 埃の向こう、運転席に座る人影が見えた。

 目元だけを黒いマスクで覆った、長髪の女。

 ただの事故ではない──即座にそう察した。


 女は運転席から一歩も降りず、手元の何かを引き寄せた。

 銃だ。

 長く黒い銃身が、窓からこちらを向いた。


「伏せ──っ!」


 バリバリバリバリッ!!!


 乾いた銃声が部屋に響いた。

 連射される銃弾が、家具も壁も窓も、何もかもを破壊していった。


「うわあああああああ!!」


 園田の叫び声と共に、あんこはスタッフの腕を引いて玄関へと走った。


「立ち向かっちゃダメ!! 逃げなきゃ死ぬ!!」


 その判断は正しかった。


 玄関を蹴り開け、スニーカーのまま外へ飛び出した。

 待機していたスタッフの車──黒いバンのスライドドアが開いていた。


「乗って!! 早く!!」


 あんこが園田の手を引いて飛び乗り、スタッフもすぐにハンドルを握った。

 アクセルが踏み込まれ、タイヤが地面を滑るように回転した。


 逃げるあんこたち、逃げ切ったかと思ったが──後ろからエンジン音が追ってきた。


「……バイク!?」


 振り返ると、あの女が黒いバイクに跨っていた。

 ヘルメットのバイザーの奥に光る目だけが、彼女の正気でない執念を物語っていた。


「まさか追って──」


 ブオオオオオオ!!


 唸りを上げるエンジン音。

 その背後から、さらにサイレンが追ってきた。


 警察だった。


 だが、その救いの手では終わらなかった。


 女は振り返ることなく、信じられないものを肩に担ぎ始めた。


「え……あれって……ロケットランチャー!?」


「車を停めて伏せ──っ!」


 ドオオオオオン!!!


 爆音と共に、車体の横が爆風で揺れた。

 爆風に巻き込まれて、車体が横転した。


「うわあああああ!!」


 あんこたちはシートベルトでなんとか守られたが、車は勢いよく一回転し、舗装道路の上をゴロンと転がった。


「い、生きてる……?」


「う、うん……た、多分……」


 バンの車内はぐしゃぐしゃで、スタッフも呻きながらハンドルに突っ伏していた。

 園田の額には小さな切り傷ができていたが、意識はあった。


 女はバイクで悠然と走り去っていった。

 その背後を、サイレンを鳴らす警察車両が数台、追っていった。


 車内に残ったのは、破壊音の残響と、息を切らす三人の呼吸音だけだった。


 あんこは、助手席に体を預けながら、目を閉じた。


「……ニジライブのVになると……」


「……一週間に一回ぐらいは命の危機に瀕すのか……」


「とほほ……」


 ──ほんと、もっと普通のデビュー、なかったのかな……。


 心の中でそうつぶやいて、あんこは車の天井のへこみを見つめた。



 あの襲撃から二日──

 あんこと園田は、都内の提携病院に入院していた。


 瓦礫の中をかいくぐってきた割には、二人の怪我は奇跡的に軽かった。

 特にあんこは、訓練のおかげか、あるいは運が良かったのか、骨に異常もなく、軽い打撲と擦り傷程度で済んだ。

 医師からは「もう今日退院しても大丈夫」とのお墨付き。

 一方の園田は、肋骨にヒビが入り、もう一週間は入院が必要との診断だった。


「……でも、デビューには間に合う。よかった」


 白い天井を見上げながら、園田がぽつりとつぶやいた。

 その声はいつになく穏やかで、あんこはその様子を隣のベッドから、布団の端っこにくるまったまま眺めていた。


「……あんたは、今日退院なんでしょ?」


 園田が顔を向けずに聞いた。

 点滴スタンドの音が、カラリと小さく鳴った。


「うん。でも……」


 あんこは、ぼそっと答えてから、園田の顔を横目で見つめた。


「事務所がさ、安全なところ、手配してくれると思うけど……狙われてるの、多分あんこだから」


「……え?」


「私たちの寮に突っ込んできた女、あんたを見て撃ち始めた。あれ、あんたが目当てでしょ」


 そう言って、園田は顔だけあんこのほうに向けた。

 その目は、まるでスナイパーのように静かで、けれど、家族のように暖かだった。


「だから、気を付けて」


「……うん。ありがと……」


 あんこは布団をぐいっと引き上げて口元を隠した。

 心臓が少し速くなっている気がした。


 そして、そのまま一呼吸置いてから、園田に向き直った。


「……名前で呼んでくれたね」


「……は?」


 園田は一瞬だけ固まり、それから顔をそむけて、「ふん」と鼻を鳴らした。


「危機感のないやつ……」


 その言葉は、どこか照れ隠しのようで、あんこは思わず口元を緩めた。


「ありがと、園田」


「うるさい」


 病室の光はやわらかく、カーテン越しの空は少し曇っていたが、空気だけは少し、春の匂いが混じっていた。



 ──その頃。


 バイクのエンジン音が、都内某所の駐輪場で止まった。

 女はバイザーをあげ、煙草に火をつけて、数回くゆらせた。


 パチ、パチと灰を落とす手元で、スマホのニュースが点灯していた。


 【速報】VTuber所属寮襲撃事件 負傷者3名は全員軽傷


 女はスマホを睨みつけたまま、舌打ちした。


「チッ……どいつもこいつも、しぶとい……」


 煙草をアスファルトに押しつけて消すと、ヘルメットをかぶり直し、黒いバイクに跨った。


 夜風に長い髪がなびき、アクセルが深く踏み込まれた。

 テールランプが、闇を切り裂くように走り出した。


 誰もいない路地の奥で、バイクの赤い尾が、ひとつの誓いのように遠ざかっていった。

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