第2話 意味わからないVTuberグループに誘わないで!!
「……は?」
あんこは口をぽかんと開けたまま固まっていた。
推しに刃を向けたこの状況で、まさかスカウトされるとは思っていなかった。
息が止まりそうだった。混乱の渦のなかで、ただ立ち尽くした。
夜街は、椅子に脚を組み、目を輝かせながら語り出した。
「最初はね、ただの“秘密結社ごっこ”って設定で、5人くらいのグループVTuberを作ろうと思ってたの。
演技でね。殺し屋とか、傭兵とか、そういう“設定”の。架空のね」
にこにこと話す姿は、ついさっき斧を振るった人物とは思えなかった。
だが、その次の言葉で空気が変わった。
「でも……あなたを見て、ひらめいたの。
“本当に暗殺してる秘密結社が、副業でVTuberやる”。こっちの方が断然リアルで面白い!」
「いやいやいやいやいや!そんなの無理だから!VTuberも無理だし、ましてや暗殺なんて絶対無理だし!」
あんこは思わず叫んだ。
声が裏返った。
震えが手に伝わり、鎌を落としそうになった。
しかし夜街は淡々と、鋭く返した。
「でも、あなた、私を暗殺しようとしたじゃない」
その言葉が、深く突き刺さって、一瞬、息を呑んだ。
「それは……っ」
あんこは唇を噛んだ。
胸の奥が苦しかった。だが、言わなければならなかった。
「それは、あんたが私たちファンを裏切って、男のアイドルとなんか付き合ってたからでしょ…!
……私、あんたを殺して、それで、私も死ぬつもりだったんだから」
静寂が落ちた。
空気が冷たくなった。海の底のように。
夜街の目が細くなり、——殺気が溢れ出した。
「……私だって、遊びでやってるわけじゃない」
その低く沈んだ声に、あんこの背筋が凍った。
皮膚の奥を針で刺されたような感覚に、身体が勝手に震えた。
しかしその刹那、夜街の顔に再び明るい微笑みが戻った。
何事もなかったように、無邪気に言った。
「でも、いいじゃない? 死ぬつもりだったんでしょ? だったら、私のために、その才能使ってくれても」
彼女はふわりと立ち上がり、あんこに歩み寄ってきた。
その顔——夜街れいせいの、Vの、いや、それよりも完璧な顔が近づいてきた。
何度も画面で見て、憧れてきた夜街が、今現実に、その息遣いすら感じられる距離にあった。
「え、えええええ……」
あんこは思わず、手で夜街の肩を押して距離を取った。
心臓が爆発しそうだった。
状況は恐怖なのに、身体は推しとの至近距離に反応してしまっていた。
そんな混乱するあんこを見て、夜街は涼しげに言葉を重ねた。
「それに……あなた、拒否したら、私、通報するから」
にっこり。
悪魔のような笑顔だった。
あんこは、沈黙ののち、顔を伏せた。
「……わかりました……」
「よし!じゃ、スタジオ行くわよ」
夜街の顔がパッと明るくなり、軽く手を振ってそう言った。
突然の提案に、あんこの心は一瞬で跳ね上がった。
「スタジオ!?もしかして……あの……ニジライブの!?」
ニジライブ。彼女が推し続けてきたVTuberプロダクションの聖域。
動画や配信の舞台裏として何度も写真で見た、数億円の最新設備。天井から吊られた高輝度LED。
360度トラッキングのモーションキャプチャー。スタッフ常駐の撮影ブース。
まさか、そんな場所に自分が立てるなんて——。
あんこは胸を高鳴らせた。
あんなに混乱していた自分が嘘みたいに、推しの隣に座り、私もファンではなく、仲間のVになれるかも…
なんて、夢心地の感覚に、全てを溶かしていた。
しかし——現実は、甘くはなかった。
「……え?」
車を降りた先は、雑居ビルの前。
古びたコンクリート、剥がれたテナント名の看板、サビだらけの鉄扉。
「……え、ええ……? ここ?」
あんこは唖然として、夜街に聞いた。
「ニジライブの数億円のスタジオは……?」
すると、夜街はあっけらかんと笑った。
「いいからいいから。ね、ついてきて」
そう言って、ギシギシと音を立てる階段を上っていった。
あんこは困惑したまま、後に続いた。
3階、4階……階段の途中、照明は半分切れていた。
「まさか、ドッキリ……?」
半ばガックリしながら、古びた木製のドアを開けた。
——その瞬間、あんこは凍りついた。
机の上に並べられていたのは、ナイフ、短剣、金属バット、スタンガン、そして火炎瓶だった。
「……どういうこと……どういうことなの……?」
声が震えた。目の前の現実を理解できなかった。
夜街れいせいは、ドアを閉め、微笑みながら振り向いた。
「オーディションだから」
その声は、甘く、鋭く。
「生き残った方が、アイドルになるから」
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