第2話 墓守と妖精の騎士
邪竜の牙を前に、私は初めて己の自惚れを知った。幼少期、私は「ぼくにもできそう」というある意味尊大な口癖と心構えであらゆることに臨んだ。実際エルフ族の中でも血筋に恵まれ、両親から才能を受け継いでもいたのか、異例の速さで城の弓兵となった私であったが、いざ王国を襲った邪竜イドラに相対した時、あまりの恐怖で弓を取り落としてしまったのである。
邪竜から王国を守り、ついにはそのねぐらまで竜を追い、邪竜を屠ったのは、人間の勇者であった。私はそれ以降、自信の思い上がりを知り、ひたすら研鑽を積み、今では近衛兵として姫君に仕えているのであるが、まさかあれから50年の歳月が過ぎ、また勇者ミースと接点ができようとは思ってもみなかった。
とはいえ、接点といってもそれは賢者の予言によるものである。姫から懇願された賢者が、ミースがまだ生きていると宣言し、我々側仕えは、ただちに姫の命令により勇者捜索の度へと出たのであった。
「魔狼が一頭か……」
私は目的地へ向かう途中に遭遇した、一頭の魔狼をすぐさま射殺し、一人呟いた。邪竜打倒後に平和を取り戻した大陸であるが、ここまで魔物の類が少ないというのも珍しいものである。私は本来なら群れで行動する魔狼が一頭しかいなかったことを怪しみながらも目的地へと向かった。
「しかし、姫様も難しいことを仰る。人間にとって50年はあまりに長い……」
私は邪竜に襲撃された際、ミースに庇われた時のことを思いだした。金髪の青年はたしかに同族のエルフを思わせるような美貌であったが、人間であれば老人になる年月が経過している。仮に生きていたとしても、かつて姫が求婚した時のような美丈夫のままであるわけがない。
私は徒労であることを知りながらも、目的地へと急いだ。邪竜討伐後、ミースがありとあらゆる栄誉――それこそわが姫との婚礼まで――を投げ捨て急いだという『聖なる泉』である。ミースはここでその姿を消したのであるが、今まで王国の捜索記録を見ると、『聖なる泉』の周辺地域だけは明らかに記録に穴があるように見えた。
何かあるというのを直感しての行動だった。私が泉の近くに着くと、もう夕暮れの時間であった。周囲をしばらく探索すると、泉の近くに小屋とも言えないような建築物があった。
「これは……」
訝しんで近づくと、いつの間にか後ろに気配を感じた。
「聖なる泉にご用事ですかな? 妖精の騎士殿」
私が危機感とともに振り返ると、そこには粗末な格好の老人がいた。
「ああ、急な参上ご無礼仕った。ゲオルクの息子、ヴァルターと申します。実は私――」
私は姫の命令を受けて勇者ミースを探していることを老人に告げた。老人はその話を聞くと、少し驚いた顔をして、私をある場所に案内しようとした。
「ヴァルターさん、それであれば、王国にはこの通りご報告ください」
老人に誘われ、私は『聖なる泉』のほとりで思わぬものを見かけた。それは小さな墳墓に剣が突き刺さった塚であった。
「勇者ミースの墓です、近くに住む私が墓守をしております」
老人の言葉に私は困惑した。賢者の予言が間違っていたというのだろうか? 私の心を読んだように墓守の老人が言う。
「賢者とて誤ることもございましょう、英雄とて一人で朽ちることを望むように」
納得のいかなかった私は、老人から詳細を聞こうとしたが、彼が知るのはせいぜい今でも大陸に伝わるミースの勲とその最後である。清貧か、あるいは発狂か、勇者は栄誉をかなぐり捨てて隠棲したという話である。
「私は亡くなる前の勇者に会いましたが、最後は安らかなものでしたよ。その縁もあって、あのような管理小屋のようなものを建てて墓の様子を見守っているのです」
その晩、老人が暖をとるために貸してくれた管理小屋から抜け出て、私は『聖なる泉』のほとりに立った。
「魔狼、一頭とはいえ首を持ってくるべきであったか――」
目の前に広がる『聖なる泉』は、魔を宿すものを投げ入れると、泉の女神が願いを叶えてくれるという伝承があった。とはいえミースの行方などという大それたものを知ろうと思えばあのようなはぐれた魔狼程度では話にならないだろう。
「――いや、無意味か……、まあでも、これで姫君も諦めてくれるだろうか」
私は、あの美しい姫の顔が悲痛に暮れることを察し、いたたまれない気持ちになった。私は勇者の墓標と化した彼の剣を見た。エルフに由来するものとはいえ、彼の墓標となっている今、持ち帰ることもできないだろう。いや、そもそも泉の女神に祝福されているのであれば、確か持ち主以外握ることすらできないはずだ……
私は困り果てて、しばらく王国に帰る言い訳を探すように、泉の近くに逗留することを選択した。墓守の老人への敬意もあり、彼の生活を援助するような下働きもしつつ、ミースの死の行方を追ったが、やはり明瞭な証拠は見つからなかった。
「あれ?」
ミースの墓の小屋への逗留から六日目、私はある異変に気付いた。せめて老人の身に危険が及ばぬよう、『聖なる泉』周辺の魔物を狩っていたのだが、あまりに数が少なくやりがいのない生活だったこともあって異変に気付いたのかもしれない。
「剣が」
おそらく、本当に髪の毛一本程度の差であろうが、ミースの墓標となる剣が動いていたのだ。私のような王族に仕え日々宝剣を見るようなエルフか、ドワーフの細工師でもなければ気づかないような微細な差であるが、確かに動いている。
「ミースでしか扱えない剣、墓標にするくらいはできると思っていたが」
私の中で想像が繋がっていく。ミースのことを知っているのか知らないのか判然としない墓守の老人――邪竜と対峙したミースの印象が強く気づかなかったが、あの白髪の老人こそが――そう考えてしまえばひどく私にとって都合が良いのだ。魔物がやけに少ないのも、剣が動いているのも、この泉の情報を持ち帰ったものがいないのも、彼がミースであれば説明がつくのである。
私はその晩、一人焚火にあたる老人の後ろにたち、あなたこそがその勇者ではないのかと問おうかと思った。だが実際に口を衝いて出た言葉は別のものであった。
「ご老人、ミースは生きていないのでしょうか」
「そうでしょう、貴方ほどの方が見つけられないのであれば……」
焚火を見つめながら老人は応えた。いま、私が剣を抜けば、老人の正体が想像通りであれば、彼はすぐさま己の墓標からエルフの剣を取り、応戦するであろう。
枯れ枝のような彼の四肢を見る、幼少期のおごり「ぼくにもできそう」という悪癖が自分の中で鎌首をもたげた。
エルフの姫から下賜された外套を静かに外し、己の剣に手を掛けようとした瞬間――、私の中の善意が勝った。
「ご老人、あなたのお言葉を信じます。勇者の墓守の大義、大変とは存じます――」
この老人をどのような形であれ、表舞台や戦闘の舞台に出すことを考えた自分を恥じた。やはり奢っていたぼくは、あの日邪竜の前で消えたのであろう。
「――せめてこちらを、姫が近衛兵に賜る外套です。ここは冷えます、それに、これは勇者の安寧を守るあなたにこそ相応しい」
私は老人の薄くなった肩にその外套を被せ、『聖なる泉』を後にすることにした。
竜殺しに必要なもの 山の下馳夫 @yamanoshita05
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