親友の異変②
放課後になった頃、春ちゃんは顔色がよくなるどころかもっとつらそうにしていて……。
「春乃、それ大丈夫じゃないよね? ぼく今日委員会だけど、休ませてもらうように言って来るから一緒に帰ろう?」
顔色の悪い春ちゃんに雪くんが心配顔で声をかける。
言葉も出せない状態らしい春ちゃんはコクンとうなずくだけだった。
「奏華ちゃん、ぼくすぐ戻ってくるから少しの間春乃のことよろしくね」
「もちろん」
当然だとうなずくと、雪くんは彼なりに急いで教室を出て行った。
他のクラスメートも帰ったり部活に行ったりで、教室にいるのは私と春ちゃんだけ。
「う、ううぅ……」
つらそうにうめく春ちゃんは見ているこっちまで苦しくなってきそうなほど。
熱はやっぱりないみたいだけど、まともに動けるようにも見えない。
「ねえ、春ちゃん。歩いて帰るのムリだよね? 親に連絡した方がいいんじゃない?」
心配で提案したけれど、春ちゃんはフルフルと首を横に振る。
「で、でも、ちゃんと歩けないんじゃない?」
「ぅ……さい」
「え?」
「うるさいって言ってるの!」
「っ!?」
とつぜん、いつもフワフワのほほんとしている春ちゃんが言ったとは思えない言葉が出てきた。
「うるさいうるさいうるさい! 親に連絡したってお父さんは私のこと気にしてなんかくれないもん!」
耳を塞いで頭を振る春ちゃんにおどろいて、私は思わず彼女からはなれてしまう。
立ち上がった春ちゃんはそのまま頭を振って何かぶつぶつ言っている。
「春……ちゃん?」
親友の変わりように私はどうしたらいいのかわからない。
数歩ぶんはなれて見守ることしか出来なかった。
「福雪福雪って、いっつも福雪のことばっかりで……福雪だってきっと、本当は私の気持ちなんてわかってないんだ……もうやだ」
頭を振っていた春ちゃんは、最後に泣きそうな声でつぶやくとフッと意識を手ばなす。
「っ! あぶない!」
とつぜん糸が切れたあやつり人形みたいに倒れる春ちゃん。
その顔は机の角めがけて落ちていく。
助けたくても少しはなれていたせいですぐには手が届かない。
だめ、間に合わない!
春ちゃんがケガをしちゃうと思ったそのとき。
「あっぶね」
いつの間に教室に入って来ていたのか、明るい髪色の男子が春ちゃんを支えてくれていた。
「音成……?」
春ちゃんがケガしなくてすんでホッとしたけれど、それ以上に音成が助けてくれたことにビックリする。
しかもそのおどろきからさめないうちに、もっとびっくりすることが起こったんだ。
「リツ! トリトナスだ!」
「え?」
どこからか知らない人の声が聞こえる。
周りを見ても人の姿はなくて、改めて音成の方を見ると何もない空中から動物が出てくるのが見えたんだ。
細長くて、毛先だけがふさふさしているしっぽ。
大きさはネコくらいだと思うけど、その見た目はネコというには明らかに無理がある。
たてがみがあるその姿は、猫というよりはライオンだった。
でも、実際のライオンよりもずっと小さい。たてがみがあるのは大きくなったオスだけのはずだけど、現れた黄土色の毛並みのライオンは子ライオンくらいの大きさしかなかった。
「なっなっなっ!?」
突然現れた小さなライオンに、私は言葉にならないほどおどろいた。
「なっ!? ルー! 学校では姿見せるなって言っただろ!?」
「ええい! うるさいわい! どうせ今ワシを見てるのはリツとその
その嬢ちゃんって私のことかな?
それにこの口調……自分のことをワシって言ってるの、ちょっと前に聞いた気がする。
たしか、音楽室で……。
「その水谷がいるからだろ!? 何考えてんだ!?」
人の言葉を話して宙に浮くライオンと口ゲンカを始める音成。
私はつっ立ったままポカンと口を開けてその光景を見ていた。
「いいじゃろうが! その嬢ちゃんには協力してもらわなきゃならんのだ。だいたい早く協力を願えとあれほど言っておったのに」
「んなこと言ったって、本当に水谷なのか? これは音楽が好きなやつじゃないと使えないんだぞ? 水谷はキライだって言ってたじゃないか」
「え、えーっと……」
とりあえず様子をうかがっていたけれど、私の名前も話題に上がっているのに何のことを話しているのかサッパリわからない。
意識を失ったままの春ちゃんも心配だし、目の前のかわったケンカをずっと見ているわけにもいかない。
「とりあえず春ちゃんを横にしてあげてもいい? あと、そのライオンなんなの?」
「あ」
「おお、すまんかった」
私が声をかけたおかげで、とりあえず口ゲンカは治まった。
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