第5話

「ブルーの屋根の家に住んでいる女性と、だから、その……」


「えぇっ、誰情報!?」


 瑛斗が目を丸くし、素っ頓狂な声を上げた。


「町内会長の町田さん」


 そう返すと、瑛斗は呆れたように溜め息をついてから話し始めた。


「佐伯さんは、自宅で料理教室をやっててね。俺はそこの生徒として通ってたんだ」


「えっ!?」


 思いもよらない言葉に二の句が継げず、美咲は瞬きを繰り返した。


「料理を覚えたくて」


 まさかそんな理由があるなど、考え付く訳がない。


「髪がつやつやで、スタイルが良くて、笑顔の素敵な先生?」


「うーん……笑顔は素敵だと思うけど、スタイルがいいとは言えないかも。佐伯先生は、作るのも食べるのも好きだそうで、なかなか恰幅のいい女性だからね」


 瑛斗が吹き出した。


「佐伯先生のお宅は、二世帯住宅なんだ。息子さんのお嫁さんが玄関で出迎えてくれることがあって、何度か顔を合わせたことがあるよ」


「なんだ、私はてっきり……」


「美咲、知り合いなの?」


「あ、ううん、そうじゃないけど。気になって、その……ごめんなさい」


「どうした?」


「気になって気になって仕方なくて、夜も眠れないくらい」


「え?」


 瑛斗が首を傾げている。


「こっそり佐伯さんの家を見に行った時に、そのお嫁さんって女性を見掛けたの。別の日にはそこに瑛斗が現れて。だけど、知ったところでどうすることも出来なくて、結局また眠れなくなって……」


「美咲、町田さんの話を信用したんだ」


「……」


 自分の夫を信じ切ることが出来なかったことで罪悪感に苛まれていた美咲に、「心配した?」と尋ねる瑛斗の口調はやけに明るい。


「うん、すごく心配した」


「そう」


 そうして満足げな表情を見せた瑛斗は、美咲の髪に触れ、頬に触れ、それからゆっくりと顔を近付け唇を寄せた。


「なんで隠してたの?」


 唇を離した美咲が尋ねる。


「サプライズだよ。今日の結婚記念日の為の」


「え……覚えててくれたんだ」


 再び鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなった。


「もちろんだよ。十回目の結婚記念日は、プレゼントじゃなくて、美咲の為に何か特別なことがしたくて」


「それで料理を?」


「そう。ビギナーコースは第二、第四日曜日なんだけど、どうやら俺はかなりの劣等生らしくて」


 料理教室での状況が目に浮かんで、美咲は思わず吹き出した。


「トマトひとつ切るだけでも、危なっかしくて見てられないもん」


「そうなんだ。だから月に二回じゃ全然間に合いそうになくて、時間を作ってもらって先生から特別レッスンを受けてたってわけ」


「それで平日の昼間に?」


「そういうこと」


 漸く数ヶ月間の瑛斗の不可解な行動全てに合点がいき、美咲は胸を撫で下ろした。

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