二つの初恋、終わらず
舞夢宜人
再会編
第1章:予期せぬ来訪者たち
第1話 『卒業の日の静寂』
高校の卒業式を終え、悠真の部屋には夕日が静かに差し込んでいた。窓の外からは、まだ遠くで卒業を祝う生徒たちの笑い声が微かに聞こえるが、この部屋は別世界のように静まり返っている。床に置かれた真新しい卒業証書が、白く輝いていた。指先でその厚紙の感触を確かめる。ざらりとした紙の質感が、過ぎ去った三年間と、これから始まる未知の未来の狭間にいる自分を、妙に現実的に感じさせた。
志望していた地元の国立大学、工学部の情報工学科に無事合格できた。それは、この数年間、ひたすら努力を重ねてきた結果だ。本来なら、胸いっぱいの達成感と、新しい生活への期待に満ちているはずだった。だが、悠真の心には、どこか虚ろな寂しさがつきまとっていた。
机の上には、開封されたままの合格通知書が置かれている。それに目をやると、一瞬だけ胸が高鳴るが、すぐにその熱は冷め、冷たい水が心に流れ込むような感覚に襲われた。去年末、未来への漠然とした不安から、二つの初恋を、自らの手で「終わらせた」はずだった。少なくとも、悠真はそう思い込んでいた。
葵も、梓も、あれきり連絡を取ろうとはしなかった。きっと、二人の側も、あれを「終わり」だと受け入れたのだろう。そう自分に言い聞かせてきた。あの夜の感情は、刹那の衝動であり、将来への責任を負うにはあまりにも軽率だったと、今でも深く反省している。だから、振られて当然、もう会うこともないだろうと、半ば諦めていたのだ。
部屋の空気は重く、自身の心臓の音が、やけに大きく聞こえる気がした。ドクン、ドクン、と、まるで自分の内部で何かが蠢いているかのような錯覚に陥る。あの夜の記憶が、鮮明に脳裏をフラッシュバックする。葵の肌の温かさ、梓の息遣い。しかし、それらは既に遠い過去の出来事として、心の奥底に封じ込めたつもりだった。
「これで、やっと全部、区切りがついたんだ……」
そう呟いてみたが、声は虚しく部屋に響くだけで、その言葉に確かな響きはなかった。むしろ、言い聞かせれば言い聞かせるほど、心の中にぽっかりと空いた穴が広がっていくようだった。
新しい大学生活。新しい友人。新しい学び。これからは、もっと真面目に、もっと堅実に生きなければならない。そう誓ったはずなのに、この胸の奥にあるチクチクとした痛みは何なのだろう。それは、失われた恋への未練か、それとも、もっと別の、漠然とした後悔の念なのか。
悠真はゆっくりと立ち上がり、窓辺へと向かう。西の空は燃えるような橙色に染まり、やがて来る夜の闇を予感させていた。高校生活の終わり。それは一つの区切りであり、新しい始まりを意味する。だが、悠真の心は、過去と未来の間で、ただただ揺れ動いていた。
その時だった。
コンコン。
突然、部屋のドアがノックされた。規則正しい、しかしどこか弾んだような音。悠真は一瞬、心臓が跳ね上がった。こんな時間に、一体誰が……? 悠真は、ドアの向こうにいる人物に、全く心当たりがなかった。
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