第3話 奪還作戦
「ランヴァルト!」
銀髪の男――ランヴァルトは友の声に振り返った。
「頼まれてた大鷲用の鞍が準備できたよ」
「早かったな。助かるよキアン」
「工房が頑張ってくれたんだ。大鷲たちも苦しくないようだから、いつでも出られる」
「わかった。ありがとう」
斥候からもたらされた情報によると、交易路に出現する魔物の背丈はナナカマドと変わらないという。大鷲の助力を得られたのは幸運以外の何物でもない。
本当なら魔女の娘とあの奇妙な異国人の二人だけに討伐させてもよかったが、ノイクラッグ全体に関わることならこちらも兵を出すのが筋というのが兄である大公の意見だった。
大鷲の装備が整ったなら準備万端だ。集合時間まで練兵場で肩慣らしでもしよう。軽い足取りで練兵へ向かっていると、出入り口に人だかりができていることに気がついた。ただならぬ雰囲気に足を止め、端にいる兵に何かあったのか尋ねると怒号が響きわたる。
「どうした?」
「それが……」
「この悪魔め!親父の仇だ!」
兵の声が響く。見てみると一人の兵が魔女の娘――エウェルに馬乗りになり、拳を振り上げていた。異国人は他の兵士から羽交い締めにされながら兵士を止めようと何か叫んでいる。兵の拳がエウェルの顔に届く直前、ランヴァルトは「そこまでだ!」と声を張上げた。
「今から魔物と戦おうという時に、余計な諍いを起こすな!」
「でも……っ!」
「こいつを殺しても死人は生き返らん。それでも文句があるなら俺が相手してやる」
ランヴァルトの言葉に兵は渋々引き下がった。異国人も解放され、エウェルもゆっくり立ち上がる。
「……兵が無礼を働いた。すまない」
「いえ、止めてくださりありがとうございました」
「何故ここに?」
「作戦前に体を動かしたかっただけです。女官に聞いたらここを使うようにと」
ランヴァルトはこめかみを押さえた。間違えてはいないが、あまり良い選択ではない。
「痛みはあるか」
「私は大丈夫です」
トモエも首を横に振る。出発は半時後だ。疑念はあったが本人が問題ないと言うなら大丈夫なのだろう。「裏門で待つ」そう言うと、ランヴァルトは練兵場を後にした。
「今回作戦で赴くラスヴィは我らにとっても要所である。必ず魔物を討ち取ってこい」
出発直前。大公の言葉に兵たちは剣を一斉に抜き、空気を揺るがすほどの雄叫びで応えた。
程なくしてエウェルに軍馬が用意されたが、トモエには何も運ばれてこない。
「トモエの分もありますよね?」
「……乗れるなら貸してやってもいい」
兵の間から笑いが漏れる。トモエは眉根を寄せたが、馬が連れてこられると自らの倍はあろうかという軍馬に軽々と跨る。エウェルも騎乗すると、隊はランヴァルトを先頭に進み出した。
吹き荒ぶ冷風に晒されながら魔物の発生場所に向かうこと三日。かつて商人で賑わっていた交易路に人の気配はなく、打ち捨てられた幌馬車だけがその歴史を物語っている。周囲を警戒しながら進み、霧が濃くなってきた頃、突然黒い柱のようなものが一人の兵士を頭上から貫いた。後方を見上げると、上体を起こした巨大な節足動物のような魔物がすぐ側まで迫っていた。他の兵士もすぐに貫かれ、隊に動揺と恐怖が伝染する。
「狼狽えるな!各自作戦に移れ!」
ランヴァルトの号令で隊が4つに別れる。エウェルとトモエが属する先頭班はわざと開けた場所を走り、魔物――
空から何羽もの大鷲が現れ、彼等の背に乗ったノイクラッグの兵が槍や弓矢でケオヴァスを攻撃する。しかし硬い殻のせいで刺さってもすぐに振り払われてしまう。
「北からもう一体きます!」
「大鷲部隊、地上班共に二手に別れろ!」
馬上からであれば脚を攻撃することも可能だ。そう踏んだエウェルは地面に落ちている剣を掴むと、渾身の力を込めてケオヴァスの後ろ足を同時に攻撃した。剣は見事ケオヴァスの脚を切り裂き、絶叫が辺りに響き渡る。しかし喜びも束の間。乗っていた馬がケオヴァスの強烈な蹴りを受け、エウェルは地面に放り出された。
「エウェル!」
トモエが馬で駆け寄ろうとする。しかし彼女の背後にもケオヴァスが迫っており、エウェルは警告しようとするが痛みでくぐもった声しか出ない。
ケオヴァスの黒い脚がトモエの頭上に迫ったその時。一羽のオオワシがトモエを嘴に咥えて空高く舞い上がった。それだけでなく、更に現れた大鷲がエウェルを咥え、飛び去っていく。その光景に他の兵たちは呆気に取られていたが、ランヴァルトの号令で武器を握り直す。
『あの者は無事だ。それより攻撃に集中せよ』
トモエの脳内に言葉が響く。困惑したトモエだったが、ケオヴァスの脚が付近に迫るとそれは一瞬で消え去った。
港町の海でも様々な魔物を見てきたが、ケオヴァスのような種類は初めてだ。奴の脚は地上だけでなく空を旋回する大鷲隊の兵を叩き落とし、その牙で何人も捕らえられている。正直今すぐ逃げたい。
しかしこんなところで躓いていては魔女の打倒など夢の夢だ。
懐から呼び札を出し、呼びかける。現れた青緑色の鳥は鳴き声をあげながら飛翔するとケオヴァスの周囲を旋回した。程なくすると、トモエは意を決したように弓を握った。
「大鷲さん、もっと高く飛んで!」
大鷲が高度を上げると、トモエは頭部に向かって矢を放つ。するとケオヴァスは耳障りな叫び声を上げ、脚をめちゃくちゃに動かしもがいた。
「こいつの弱点は頭部です!頭は胴体ほど硬い殻に覆われてません!」
必死に叫ぶと、他の大鷲部隊もトモエに続いて急上昇し頭を狙い始める。案の定、槍も胴体とは違ってすんなり貫通し、やがてケオヴァスは力なく地面に倒れた。
しかしもう一方の個体は胴体を低く、不規則に動かして上空からの攻撃を交わそうとする。
「遅れをとるな!第二作戦に移行する!」
林に待機していた兵士たちが大きな麻袋を持って現れる。中から黒い塊を取り出すと、ランヴァルトや兵士たちはそれをケオヴァスに向かって投げつけた。するとそれはケオヴァスにあたるや否や巨大な火炎でケオヴァスを包み込む。凄まじい痛みにケオヴァスは叫び声をあげたが、炎はすぐに勢いを失っていく。
「ファーガス!」
一際大きな大鷲がランヴァルトの目の前に降り立つ。ランヴァルトが鞍に跨ると、大鷲は合図を待たず飛翔した。部下たちがケオヴァスを引きつけてくれている。さすが優秀なノイクラッグ兵だ。そう感心しながらランヴァルトは慎重にケオヴァスに近づくと、
ケオヴァスは彼の気配に気がついたが、一足遅かった。剣がケオヴァスの頭に沈み込み、血液が吹き出す。構わずクレイモアを手前に引き、脳天を裂き切るとランヴァルトは体躯にも力一杯クレイモアを突き刺した。自重で自然と地面に降り立つと、兵達が歓喜で出迎える。
「まだ作戦は終わっていない!
雄叫びが辺りに響き渡る。空に掲げられた兵士たちの剣が、姿を見せ始めた月光で煌めいていた。
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