グリアンロンの叙事詩〜太陽王エウェルと黎明の冠〜
ソルト
旅立ち
敵を倒す経験しかないエウェルにとって、村人全員の埋葬は骨の折れる作業だった。しかし自分にできる償いはこれしかない。袖を捲り上げ、再びスコップを動かす。
エウェルはこの村で生まれた人間ではない。ある戦いで河に投げ出され、流されていたところを村人に助けられた。
農地で作物を、家畜を育て、数少ない子供たちが大人たちの間を走り回る。ごく普通の村。記憶を失い、剣と鎧以外何も持たないエウェルを村人たちは手厚く看護してくれ、受け入れてくれた。
次の遺体を埋葬しようと視線を動かすと、焦茶色の巻毛をした男性が目に入る。
「……ライアン」
顔を真っ赤にしながら愛を告げてくれた、優しい夫のライアン。慣れない針仕事で傷だらけになった指を手当てしてくれた。ここで穏やかに、愛を育んでいくはずだった。
ある日、村の外れで死体が動いていたという話が出回った。奴らが村を襲ったのはその数日後。斧で斬りつけても倒れない、脚を切り落としても這って追ってくる。一瞬で恐怖が村を支配した。
無我夢中で逃げ回り、追い詰められた瞬間、忘れていた記憶が蘇る。体力が続く限り屍人を倒し、夕日が沈む頃、村は静寂に包まれていた。夫のライアンは何とか生き残ったが、傷口から腐敗が始まっていた。
「僕はもう助からない。せめて君の手で僕を葬ってくれ」
夫の言葉にエウェルは言葉を失った。頬を流れる涙を拭うと、ライアンは再び微笑んだ。
「君と出会えたことは
祭司が到着しても、ライアンの願いは変わらなかった。一晩悩み抜いた末に、エウェルは金の短剣でライアンの心臓を突き刺した。
それからの記憶はあまり残っていない。気がつけばスコップを握って埋葬のための穴を掘っていた。ライアンの遺体を埋め終わると、祭司は彼女からスコップを取り上げる。
「あとは私がやります。どうかお休みください、エウェル王女」
無言で頷き、エウェルはおぼつかない足取りで自宅へ戻った。屍人が複数で人間を襲うことはない。裏で糸を引いている存在がいる。
「……裏切りの魔女、エタイン」
あの魔女にとっては人間の命など雑草と同じ。王家の血筋を絶やすためなら屍人を操るななど造作もないはずだ。二年前、王都を一夜で葬った彼女ならやりかねない。あの女の血がこの身に流れているなんて吐き気がする。
「よくも……っ、父さんも、ライアンも……っ!」
私の大事な人を二度も奪った。首を跳ねる理由なんてそれだけで十分だ。
数日後。エウェルが村を出ようとすると、祭司が呼び止めた。
「エウェル王女。これをあなたに贈ります」
布袋から取り出されたのは祈りの言葉と太陽神の紋が刻まれた護符。しかしエウェルは首を振った。
「……私の身には余ります」
「いいえ。殿下のような方にこそ、この護符が必要なのです」
半ば強引に握らされ、仕方なく首から下げる。「
一人で魔女は倒せない。二年前の災禍で援軍を送ってくれたノイクラッグに助けを求めよう。これから先は茨の道。何があろうと、どんな真実が待っていようと、私は決して歩みを止めない。
この手で魔女の首を刎ねるまで。
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