陰キャの俺が噂の異世界転生してみたら無双だった話〜陽キャは全然使えない〜
真田 栄三郎
第1話 不思議な夢とバスの事故
「ベルトロスよ。もう一度考え直してくれないか」
「嫌だね。もう人間どもには愛想がつきた」
「しかし人間たちも心を入れ替えるかもしれない」
「何度そうやって見逃してきた?もう無理だよ。だったら楽しんだ方が良いだろう?」
「魔法の力など与えては人間たちの欲望に歯止めが効かなくなくる」
「わかってないなミレーヌ。だから楽しいんだろ」
『ピピ…ピピ…』
電子音が遠慮がちに鳴り始める。放っておくとこの音がどんどん大きくなり喧しいので俺は飛び起きて目覚ましの頭を勢いよく叩く。
『ヴー…ヴー…』
それを待っていたかのように今度は傍らに置いたスマホが鳴動を始める。画面をタップしてアラームを止めるとスマホをベッドの上に投げ捨てた。
変な夢を見ていた気がする。けれど内容は全く覚えていない。
カーテンを開くと朝日が射し込む。今日も良い天気だ。
俺が伸びをすると向かいの家の玄関から女子高生が出て来た。
黒い髪を一つに結び眼鏡をかけている。紺のブレザーと胸元の赤いリボンを着崩すことなく着用している真面目を絵に描いたような女子高生だった。
「相変わらず早いな…」
俺はそれを見下ろして独りごちる。まさか聞こえたわけではないだろうが女子高生がこちらを見上げる。
俺は慌ててカーテンの影に姿を隠した。別にやましいことがあるわけではないが、つい隠れてしまった。
未可子と距離ができたのはいつ頃からだろうか。俺は自転車を漕ぎながら考える。
未可子とは先ほどの女子高生だ。向かいの佐藤さんの家の長女で、俺とは誕生日が1日違い。
ちなみに俺が先で未可子が後だ。産まれた時から一緒にいる、いわゆる幼馴染というやつだ。
幼稚園、小学校、中学校、そして高校も同じ。腐れ縁もいいところだ。
とはいえこの付近に公立高校はそんなに無いので学力が似たり寄ったりの俺と未可子が同じ高校に行くのはある意味既定路線ではあった。
学校が近付くと人が増えてくる。歩く生徒達を追い越して校門を通り抜けると駐輪場に自転車を止める。
何の変哲もない地元の公立高校で、落ち着いた生徒が多いこの高校を俺はそれなりに気に入っていた。
中学が少し荒れた学校でヤンキーが幅を利かせていたのでそれと比べれば天国のようなものだった。
「ゆうす…鈴木君」
2-Bの教室に入った途端に名を呼ばれ振り返るとそこには未可子が立っていた。未可子の癖に生意気な事に170センチの俺よりも少しだけ背が高い。
未可子には高校では名前じゃなくて苗字で呼べと言ってあるので悠介と呼ばずに鈴木君と言い直したのだろう。
「これ、お母さんが鈴木君にって…」
未可子がおずおずと差し出したのは可愛らしい巾着袋だった。中は恐らくお弁当だろう。
「あ…あぁ。ありがとう」
俺は素っ気なくその弁当を受け取り、素早くカバンに仕舞うと自分の席に着く。
「よっ!朝からお盛んですなぁ」
後ろからそう声をかけてきたのは友人の田中だ。別にとても仲が良いというわけではないが挨拶と他愛のない会話ぐらいはする。
「そういうんじゃないから…」
面倒くさい。こうなるから未可子とあまり話したくないのだ。
俺と未可子が幼馴染なのは周知の事実で高校に入ってからもずっとからかわれてきた。
別に未可子の事が嫌いというわけではないが、いちいち否定したりするのがとても面倒くさいのだ。
お弁当は両親が海外旅行に行ってる間だけ未可子のお母さんが作ってくれることになっている。ただそれだけだ。明日からは未可子の家で受け取るようにしよう。
田中のちょっかいを受け流すのにうんざりした頃やっと始業のチャイムが鳴る。
ホームルームは来月からの修学旅行の話だった。付近の私立高校はオーストラリアだのイギリスだのと言っているが、我々公立高校は九州らしい。
班分けを行うという。男同士で好きに班を組んだ後にくじ引きで同じようにしてできた女子の班と合わせて男女混合の班を作るとのことだ。
俺は同じ班になった田中と高橋と話しながら、さり気なく北条朱音を目で探す。
いた。教室の後ろの方で楽しそうに笑っている。色白な肌にぱっちりとした瞳、整った輪郭と少し色素の薄い髪の毛を肩のところで揃えている。美少女とはまさに北条さんのためにある言葉だろう。
神様、何かの間違いで北条さんと同じ班になれますように。と、見たこともない神に願ってみた。
「おい!次何歌う?」
「淳也の歌なら何でもいいぜ」
「ぎゃははは!だよな!」
長崎空港から乗り込んだバスの中は陽キャ達による大カラオケ大会が開催されていた。
俺の隣には未可子が座っている。位置は運転手のすぐ後ろだ。
北条さんは一番後ろの座席。陽キャ男子に挟まれるように座っている。
結局俺の神頼みは通じる事なく、北条さんは陽キャたちのグループと同じ班になった。まぁ、世の中っていうのはそういう風にできてるんだ。
そして俺達は未可子を含むオタク女子のグループと同じ班になった。
それだけならまだ良いのだが、田中と高橋が面白がって俺と未可子を隣同士で座らせたものだから、今俺は地獄のような気まずい時間を過ごしている。
もしこれで北条さんに俺と未可子が付き合ってるとか誤解されたらどうしよう。といういらぬ心配をしているせいで未可子と話すことができない。
通路を挟んだ隣では田中と高橋がカードゲームの話で盛り上がっている。すぐ後ろの席では未可子の友達がアニメキャラの話をしてケラケラと笑い合っていた。
俺と未可子だけが黙りこくってただ車窓から流れる景色を眺めるだけだった。
ある意味この席でよかった。バスの大きなフロントガラスから景色がよく見える。
陽キャ達の下手な歌を意識から外して風景を楽しもうと思った。
「ん?…鳥?」
俺が呟いた直後にものすごく大きな音が鳴り、直後に身体に衝撃が走った。
「はい。現場から中継です。修学旅行生を乗せたバスを悲劇が襲いました。こちらから見てもバスが大きくひしゃげているのがわかります。警察によりますと何か大きな物と衝撃したということですが、原因は未だにわかっていません。引続き現場検証が行われています。…この事故で修学旅行生の男女計5名が亡くなりました…亡くなったのは…えー。タカギジュンヤさん、ニカイドウリュウジさん、サトウミカコさん、ホウジョウアカネさん、スズキユウスケさん、繰り返します亡くなったのは…」
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