恋♡するイシはありますか?
みなづきよつば
恋♡するイシはありますか?
ショーケースに並んでいるのは、キラッキラの宝石がついたアクセサリーたち。
それらを見ているだけで、こっちの肌までツヤツヤしちゃいそう。
はああ、これぞ、美の極み!
「宝石(原石)サイコー!!」
……ん? なんか、ハモった。
でも、何よ、原石って。
ちら、と叫び声がした方を見ると、男の人とバチッと目が合った。
どうやら、隣の店のこの人と同時に叫んでしまったらしい。
それにしても……、この人、オタクっぽいなぁ。
くたびれた白いTシャツには、I ♡ STONE の文字。
ダメージジーンズに、ボロボロのスニーカー。
それにくわえて、ボサボサの寝癖髪に分厚いメガネって、どこのテンプレよ。
んん? でもこの人、どこかで見たような?
「あれ?
「えっ……と。あ!
「あ、
「あー! そっかそっか、ゴメン!」
「いいよ、別に」
石水くんは苦笑いしている。
同じ高校、2年1組のクラスメイトとはいえ、しゃべったことないもん。
覚えてなくてもしょうがないよね!
あれ? でも、1年の時も同じクラスだったような?
どんだけ存在感ないんだコイツ。
「えー、石水くん、石オタだったんだ」
しまった、思わず心の声がそのまま出てしまった。
嫌味のつもりはなかったんだけど……。
「そうだよ」
あ、思ったよりさらっと返事がかえってきた。
よかった、と思ってたら……。
「でもさ、ここに来てるってことは、珠江さんも石オタじゃん」
にやっと笑いながら、痛いところをついてくる石水くん。
うっ、と固まる。
今日は3日間ある石好きマルシェの初日。
産業振興センターの、とてつもなく広い大ホールには、このお祭りの
出店スタイルのたくさんのお店に、ずらーっといろいろな石たちが並んでいるのは壮観だ。
石好きが集る祭典。それが、石好きマルシェ。
だけど、私はオタクなんかじゃない!
「私はちょっと宝石好きなだけ!
着る物テキトーな石オタの石水くんと違って、
ちゃんと、宝石に敬意を払ったカッコをしてるでしょ?」
ほら! と手を見せる。
ネイルチップは、今日はつけてない。つけ爪で商品を傷つけると悪いからね。
「それに、宝石が合いそうなコーデをバッチリしてきたんだから!」
ミルクティー色に染めた長い髪は、商品にかからないようにまとめてバレッタで留めてある。
淡いブルーのシアーワンピースは、どの色の宝石を試着しても合うお気に入りだ。
メイクもバッチリ。シミとか嫌なホクロはコンシーラーでカバーしてきた。
カンペキな宝石ちゃんに会うんだもの、私もカンペキじゃなきゃ失礼だよね。
「いや、『宝石に敬意を払う』って言っちゃってる時点で、宝石オタでしょ」
「うぐっ!」
するどいツッコミ。た、確かにそう、なのかな?
ぐっさりとツッコミが刺さってる私をよそに、石水くんは眼鏡をくいっと上げて、口を開いた。
「宝石なんて、せっかくの原石を無理やり整えた、人工物じゃないか。
宝石より、原石だろ」
ほら、とお店のゴツゴツした原石をつかんで見せてくる。
水晶の原石?
トゲトゲしてて、とてもアクセサリーとして身につけられない。
「はぁ!? 本気で言ってる?」
私のだーい好きな宝石ちゃん。
それらは、美しくカットされた形で地面に埋まってるワケじゃない。
いろんないらない部分のある石とくっついて出てくることが多いんだ。
その状態が、原石。
なにこの原石オタ。宝石に対して酷いこと言って!
「人工物とはなによ!
原石なんて、宝石のカンペキさに比べたら、
いびつだし、いらないとこある、不完全品じゃん!」
私は自分の指にしてたお気にのピンクトルマリンのリングを突きつけた。
どうよ、このプルプルしたゼリーみたいなカワイイ輝き!
「不完全だって!? めちゃくちゃ失礼だな!」
お互い、むううとにらみあう。
長い前髪とメガネごしだけど、石水くんの視線を感じる。
さらに何か言おうと、同時に口を開いた時だった。
「おーい、兄ちゃん。
アレキ見ないの?」
石水くんの店のおじさん店員が、苦笑しながら声をかけてきた。
「えっ、アレキってまさか、アレキサンドライト!?」
お高くて、なかなか手が出しづらい石。
わたしも欲しくて、超気になってる。
「その通り。さすが、宝石マニアの姉ちゃん。
安くしとくよー!」
「見たいです!」
ぐいっと石水くんを押しのける。
「ちょっと、珠江さん、俺が先!」
ぐいぐいと石水くんが距離をつめてくる。
ちょ、近いな!
おじさんは、台に粘土みたいなもので貼り付けてある、アレキサンドライトの原石を石水くんにわたした。
なーんだ、原石か。
……でも、キレイな青緑色。
石水くんは、手にとったアレキをじーっと見つめている。
「ルーペ使うかい?」
店員さんがトレイにルーペをのっけて差し出してきた。
「ありがとうございます。まずは裸眼で見ます」
石水くんは、分厚いメガネを外して、手でぐいっと長い前髪をオールバックにかき上げた。
隠された素顔があらわになり、私は思わず息をのんだ。
ひえっ! どえらいイケメン!!
何? メガネをはずしたらイケメンって、テンプレにも程があるでしょ!?
ギャップありすぎだよ!
こんな至近距離にいるのが、急に落ち着かなくなってきた。
「きれいだ……」
うっとりとささやく声が何気にイケボだということに気づく。
アレキに言ってるんだけど、こんなに近くにいると、まるで私に言われたみたいでドキドキしちゃうよ。
「珠江さんも見てみる?」
にこっと笑いかけられて、さらにドキッとする。
「あ、うん」
アレキを手わたされるときも、妙に意識してしまった。
落ち着け、私。
相手は原石オタ! 私の敵だよ!
そう思いつつ、アレキサンドライトを目の前にもってくる。
小さな歪なカケラ。
でも、こんな大きさのがもし宝石だったら、十数万はするよね。
なんで原石として売られてるんだろ? という疑問はすぐにはれた。
「あ、インクルージョン入ってるじゃん」
そう、宝石の敵、インクルージョン。
主となる石の中に、他の鉱石が混ざってるってこと。
このアレキには、黒い粒がいくつか入っていた。
だから、お値段も手が届くものだ。
それでも、高いんだけどね!
「うーん、キレイなのにもったいない。
このインクルがなければ、めちゃいい宝石になれるのに」
「インクル含めてキレイだろ」
石水くんは不満顔だ。
キレイな顔で、唇をとがらせている。
あーあ、こんな人には、コンプレックスなんてないんだろうな。
「なんていうかさ、インクルはキレイな顔にあるホクロみたいな感じじゃん」
ポツリと本心をつぶやく。
思い出すのは、私の小学生時代の苦い記憶。
『あはは、マリリン!
セクシー! セクシーポーズして!』
男子たちからのからかいの声が、脳内で再生される。
「ああ、だから化粧でホクロ隠してるのか」
納得したようにうなずく石水くんに驚く。
「えっ! なんで知ってるの!?」
「たまたま。男子たちが話してるのを聞いたんだ」
私のコンプレックス。
口元にあるホクロ。
化粧のできない小学生のころは、マリリン・モンローみたいだから、マリリンなんてあだ名をつけられてた。
男子のひとりが言い出したら、あだ名がクラス中に広がっちゃったんだよね。
高校生になってからは、コンシーラーとファンデでめちゃくちゃ隠してるのに!
ううう、石水くんが知ってるってことは、他にも知ってる人がいるってことだよね。
陰で笑われてたら、どうしよう……。
ヤバ、超へこむ。
「ごめん、そんなに気にしてたとは思わなかった」
黙りこんでうつむいた私を、石水くんがのぞきこんだ。
ぱちっと目が合う。
石水くんは真剣な表情をして私を見つめていた。
思わず胸が高鳴る。
「おれは、隠さなくていいと思う。
珠江さんは、化粧なんかしなくてもキレイだよ」
「ふえっ!?」
キレイ!? 私が!?
かーっと顔に熱が集まる。
「自然が一番」
ニカッと笑う石水くんに、ドキドキがとまらない。
嬉しいのと、くすぐったいのとで、心があったかくなる。
でも、私ばっかりドキドキするのは、なんか悔しい!
「……そういう石水くんは、ちょっとは身だしなみの手入れしたら?
前髪切ったり、コンタクトにしたり……。
せっかく、その、イケメンなんだから」
勇気を出して、石水くんにイケメンって伝えてみる。
うあー、なんか、照れる!
「そんな金あったら石に使う。おれは自然体でいい。
まったく、この顔見せるたびにそんなこと言われて……。
整えろーって、みんな言ってくるんだよな。
見かけを変えたって、俺は俺なのに」
まさかの塩対応!?
「もーっ、人がせっかく褒めてやったのに」
「……まあ、自然が一番なのは変わりないけど、
珠江さんの『変わろう』って努力は、すごいと思う」
言った後から、じわじわーっと、石水くんの顔が赤くなっていく。
隠すように石水くんは口元に手をやり、そっぽを向いてしまった。
「へー、ほー、ふーん。照れてんじゃん」
ニマニマしつつ指摘すると、「照れてねーよ!」の声。
ふふ、なんかカワイイかも。
「店員さん、白熱灯貸してください!」
話題を断ち切るように、石水くんは店員のおじさんからペンライトを受け取った。
ペンライトをカチッとつけて、私の手にあるアレキサンドライトを照らす。
アレキサンドライトは、不思議な石。
日光や蛍光灯の青白い光のもとでは青緑なんだけど、白熱灯やロウソクの光みたいなオレンジ色の光のもとでは、赤紫に色が変わる。
このアレキの原石も、ペンライトの光で鮮やかな赤紫色に変わった。
「わー」
思わず感嘆の声を上げる。
めっちゃキレイ。見事なカラーチェンジ。
「すげえな。めちゃくちゃ色が変わった」
嬉しそうな石水くん。
だから、気づいてないんだろうな。
今、私たち顔を寄せて、めちゃくちゃ近い距離なんだけど。
「うん。カラチェンはロマンだよねぇ」
言ってはみたものの、アレキのカラチェンと同時に、私の顔も真っ赤になってる気がする。
ひー、石水くん、まつ毛ながーい。瞳大きいし、顔のパーツカンペキじゃん!
「……惚れた」
色っぽいため息とともに、石水くんがつぶやいた。
「えっ!?」
惚れた!? だれに?
……私に!?
どくどくと心臓が脈打つ。
確かにコイツ、私のことキレイとか言ってたけど。
今日初めてこんなに話したわけで、それまでは接点なんて全然なくて。
でも、これだけ石愛をぶつけあったのは、石水くんが初めてかも。
石水くんは、私にゆっくりと手をのばしてくる。
わわわ、何!?
石水くんは……、すっと私の手にあったアレキの原石を取り上げた。
「この子、買います!」
ニコニコ顔で、店員さんにアレキを差し出す。
……惚れたって、このアレキサンドライトにかいっ!
おじさん店員さんは、なんだか温かい目で私のことを見ている。
うう、勘違いした自分が恥ずかしい……。
とはいえ、石水くんに「惚れた」って言われて、なんでドキッとしちゃったんだろ。
やっぱり……、私のコンプレックスを、肯定してくれたからかな。
嫌でしょうがなかったホクロ。
「あってもいいんだよ」って。
……ちょっとは、原石オタの言うことも聞いてあげてもいいかな、なんて。
「珠江さん。まだイベント始まったばかりだし、どうせなら一緒に回らない?
なんていうか、俺、同年代でこんなに石について語った相手っていなくて……。
正直、すげー楽しかった。
だから……、俺、絶対珠江さんを落としてみせるから!」
「は!? 落とす!?」
「原石沼は深いんだ。珠江さんを沼に落としてみせる!」
そっちかい!
もう、私、振り回されまくりだ。
でも……、楽しい。
自然と笑顔になってくる。
「いいよ。私のこと、落としてみせて!」
とびきりの笑みを浮かべて言うと、なぜか石水くんは顔を赤く染めたのだった。
恋♡するイシはありますか? みなづきよつば @minazuki_04
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