第15話 六年一組の裏切り者
強烈な音と光に包まれ、ボスは苦しんでいた……という演技をしていた。杉並紘一にマネさせるためだ。
光はともかく、音の攻撃は、ボスには通じていなかった。
若いころにかかった病気の影響で、ボスは耳がほとんど聞こえていなかった。当然、生活にも不便し、まともな仕事にもつけなかった。なのに、誰からの支援も受けられなかった。
ボスはやがて、社会を恨むようになった。似た境遇の仲間を集め、ウォードグループを結成した。
ある日、サカエがとんでもないものを作った。吸った人間を超能力者に変える不思議な煙、サイキックフォグ。
早速その煙を吸ったボスは、不思議な力を手に入れた。
相手の声をはっきり聞きたい、ちゃんと会話したいと願っていたボスは、耳を使わずに心で会話する能力、テレパシー能力を得た。その応用として、相手の心を「盗み聞く」こともできた。
この能力があれば、不意打ちでもない限り、相手の攻撃を食らうことがない。誰かが攻撃しようと思った瞬間、ボスにはそれがわかるのだから。
超能力者探しも簡単だった。今朝、コウホクの分身が無線で連絡してきた瞬間に、その分身の心を読んだ。そして、二十三人全員が超能力者だと知った。分身には気絶したフリをしてもらい、二十三人の情報をできる限り集めた。
他の分身たちや、コウホク、サカエ、ホドガヤからも情報を得た。ボスの能力にはひとつ欠点があり、相手の顔を知らないと心が読めない。だが、知ってさえいれば相手がどこにいても読むことができる。こうしてボスは、部下たちを通じて、六年一組のほぼ全員の情報を集めた。
そう、六年一組に、内通者などいなかった。ウォードグループのメンバーが、たとえ体を拘束されても、情報を送り続けていただけなのだ。
さらにボスは、目黒のどかの顔を見ることもできた。この屋上から、プールを見下ろせたからだ。一二年生を連れてプールに来た六年一組の顔を見て、それぞれの心を読めた。目黒のどかが未来を読んだあと、その心を読んで、ボスも未来を知ったのだ。だから、未来を変えられた。
そしていま、ボスは屋上に来た全員の顔を見た。これからは、全員の心の声を直接聞くことができる。
ただし、人数が多すぎたのは、ボスにとっても計算外だった。二十三人の心の声を同時に聞くことはできないからだ。二十三人から同時に話しかけられても、全員の声を聞き分けられないのと同じことだ。
音と光の攻撃を受けているいまも、ボスは六年一組の心の声を一人ずつ聞いていた。
(……なかなか音を上げないな……)
(……未来を読めても、この状況はどうにもできないはずだ……)
(……これで十発目。そろそろ弾切れするんじゃないか?……)
しょせん、相手は子供。大人の粘り強さに、勝てるはずがない。
それにどういうわけか、向こうはこちらの能力を勘違いしている。この勘違いをうまく利用すれば、逆転のチャンスをつかめるはずだ。
(……瞬間移動のしすぎで疲れてきたな……)
(……誰か僕の目隠し取ってくれないかな……)
(……私はあなたの味方。私の声が聞こえたら返事して。私はあなたの味方。私の声が聞こえたら返事して……)
おや、とボスは首を傾げた。奇妙な声が聞こえる。
(私はあなたの味方。私の声が聞こえたら返事して。私はあなたの味方。私の声が聞こえたら返事して)
はっきりと、こちらに話しかけている者がいる。
興味をそそられ、ボスはテレパシーで返事をした。
「ボスだ。お前は何者だ?」
『うわっ、本当に返事が来た!』
相手は慌てていた。テレパシーで初めて会話する人間は、いつもと違う声の聞こえ方に驚き、おかしな反応をするものだ。
『私は、あなたの味方。六年一組の裏切り者。ここから、あなたを勝たせてあげる』
「ほぉ、どうやって?」
『いま上空には、ウォードグループのヘリが来ている。私の指示通りに動けば、六年一組の何人かと一緒に、そのヘリに乗れるはず』
「上空のヘリに? どうやって?」
『江藤君の能力を利用する。「地面から壁を出す能力」は、壁の高さは無制限みたいだから、それに乗ればどんな上空にだって行ける』
「なるほどな、それは思いつかなかった。お前が考えたのか?」
『ううん、阿逹君が考えた』
「阿逹……あいつか。相手の能力がわかる能力を持ってるやつだな」
『そう。まず、私と阿逹君で江藤君を騙して、高い壁を出してもらう。あなたにはそれに飛び乗って、ヘリまで行く。そのあと、みんなにボスを追いかけようと言って、何人かを連れてそっちへ行く』
「なるほどな。俺が連れ去るのではなく、向こうから来てもらうという作戦か。それも阿逹が考えたのか?」
『うん』
「賢い子供だ」
六年一組がボスの能力を勘違いしている理由もわかった。阿逹仁が、全員を騙しているからだ。
阿逹仁がなぜ裏切ったのかはわからない。だが、強力な仲間を得たのは間違いない。
「その阿逹は、いま何をしている?」
『阿逹君は、みんなに偽の作戦を伝えてる。あなたをなんとか袋小路に追い込んで、力ずくで押さえつける作戦』
ボスがなかなか音を上げる様子がないから、作戦を切り替えた……と見せかけて、ボスとこの相手が会話する時間を稼ごうとしているのだろう。
「ところで、お前は誰だ?」
まだ、相手の名前を聞いていなかった。声としゃべり方から、女子であることは間違いないが、誰なのかはわからなかった。
『私は、
「如月……?」
そんな名前の生徒、いただろうか。いままで、たまたま情報が得られなかっただけだろうか。
「能力は?」
『植物に花を咲かせる能力』
ボスは納得した。その能力は戦闘に全く役に立たない。そもそも校舎内に植物なんてほとんどないから、使うチャンスすらない。だからいままで、誰の心の声にも出てこなくて、情報を得られなかったのだろう。
「それで、如月、俺はこれからどうすればいい?」
『少し左を向いて。そう、そのあたり。前の方に江藤君がいるから、そっちに向かって走って』
ボスは指示通り、走り出した。
『いいよ、そしたら前方に銃を向けて。……よし、江藤君が壁を出した。ジャンプしてそれに飛び乗って!』
ボスは大きくジャンプした。
前方の壁につかまろうと、手を伸ばす。
だがその手は、何もつかまなかった。
そのとき、暗闇のドームが消えた。光の玉も消えた。
周囲の様子が見えるようになった。
如月があると言っていた、壁がない。それどころか、前方には何もなかった。
ボスは、空中にいた。
足元に、地面がない。はるか下に、水のないプールが見えるだけだ。
ボスの体は、屋上から校舎の外へ飛び出していた。
「なに……!?」
時間がゆっくりと進んでいるように感じられた。
後ろを振り返ると、校舎が見えた。屋上を囲む金網の一部がない。柳台冬也が能力で飛ばした部分だ。ボスは、そこから飛び出したのだ。
金網の向こうにいる一人の少女と、目が合った。ボスは直感的に、そいつが「如月」だとわかった。
『ごめんね』
彼女の声が脳内に響いた。
『全部、ウソだったの。私の本当の名前は、葛飾神楽。能力は、相手に自分を信じさせる能力。あなたに、私の言葉をすべて信じさせ、そこへ誘導した。これが、阿逹君の考えた本当の作戦』
葛飾神楽の隣に、少年が立っていた。おそらくあれが、阿逹仁だ。彼は、スマホを片手に誰かと話していた。その目はボスをしっかりと見つめている。怒りを込めた目だ。悪人に向ける目だった。
違う、俺は悪人じゃない。俺は被害者だ。俺はこの国に復讐したかっただけだ。それが、こんな結末を迎えるなんて。
だが、これでいい、とボスは思った。こんな思いをして生き続けるより、ここから落ちて死んだ方が何倍も幸せだろう。だから、これでよかったのだ……。
そう思ったとき、強烈な風が、下から吹き上げてきた。
風にあおられ、ボスの体が空中に浮遊する。
「なんだっ!?」
下を見ると、そこには一人の少女が、スマホを手にこちらを見上げていた。
あれは、田ヶ谷加世子だ。能力は、風を操る能力。
彼女はスマホで何かを話している。ボスは心の声を聞いた。
『やったよ、阿逹君! ボスを風で捕まえたよ!』
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