第20話 砕ける光と、生まれし黎明

ミシリ、と。

リリムの結界が、ガラスのように砕け散った。

降り注ぐ、絶対的な死の光。

世界のすべてが、純白に染め上げられる。


「……くそっ!」


思考よりも先に、身体が動いていた。

俺は隣にいたライアスの身体を突き飛ばし、その前面に立つ。

剣を地面に突き立て、身体に残る魔力の全てを、防御障壁として前面に展開した。

悪あがきだとはわかっている。だが、何もしないよりはマシだ。


「アレン!?」


ライアスの驚愕の声が聞こえる。

馬鹿な奴だ。俺はお前を殺すと誓った宿敵だろうが。なぜ庇う、と。

そんな声が聞こえた気がした。


俺にも、わからない。

ただ、ここでこいつを死なせたら、俺の中に残った最後の何かが、本当に壊れてしまう。そう感じただけだ。


そして、光が、俺たちを呑み込んだ。


「ぐ……アアアアアアアッッ!!」


焼かれるような、という表現では生ぬるい。

魂ごと、存在の芯から浄化されていくような、絶対的な激痛。

これが、聖女の裁き。

魔力を帯びた俺の身体は、聖なる光によって、凄まじい拒絶反応を起こしていた。


だが、それ以上に苦しんでいたのは、俺の後ろにいるライアスだった。


「ぐ、おおおおおっ!? な、なんだ、これは……身体が……!」


彼の身体から、紫色の呪印が浮かび上がり、リリムが刻んだ悪魔の契約が、聖なる光によって強制的に引き剥がされようとしていた。

聖と魔が、彼の体内で激しく衝突し、その存在そのものを内側から破壊しようとしている。


(まずい……このままじゃ、ライアスが死ぬ……!)


俺の魔力も、もう限界だ。意識が、遠のいていく。

ああ、ここまでか。

追放されて、拾われて、少しだけ、居場所ができたと思ったのにな。

リリム、ルナリア、ゼノン……。

最後に思い浮かんだのは、魔王城の騒がしい面々の顔だった。


―――嫌だ。


まだ、死ねない。

あいつらとの約束を、まだ何一つ、果たせていない。

俺を必要としてくれた、あいつらの元へ、帰らなければ。


『―――その想い、しかと受け取ったぞ、アレン』


不意に、頭の中に、リリムの声が響いた。

それは、俺の心と、彼女の心が、深く、深く繋がった証。


俺の身体の中で、何かが変わる。

俺が元々持っていた、聖なる力。

リリムとの契約によって得た、魔の力。

相反し、決して交わることのなかった二つの力が、死の淵で、一つに溶け合っていく。

光でもなく、闇でもない。

まるで、夜明け前の空のような、白と黒が入り混じった、黎明の色。


「―――消えろ」


俺は、無意識に呟いていた。

俺の身体から放たれた黎明色のオーラが、俺たちを包み込んでいた神の裁きを、まるで幻だったかのように、霧散させていく。

浄化ではない。破壊でもない。

ただ、その存在を『無かったこと』にするような、絶対的な『否定』の力。


やがて、光の奔流が止んだ。

後には、焦土と化した大地と、静寂だけが残った。

俺と、俺に庇われて気を失っているライアス。そして、その光景を信じられないといった表情で見つめる、聖女イリスとその親衛隊『六枚の翼』。


「……今の、は……?」


イリスの美しい顔に、初めて、測りきれないものを見たかのような、困惑の色が浮かんでいた。

彼女は、俺と、俺の身体から未だ立ち上る黎明色のオーラを見つめている。

その瞳には、先ほどまでの絶対的な確信はなく、微かな疑念と、そして――ほんの僅かな、未知への興味が宿っているように見えた。


「……アレンを、殺せ」


イリスが、戸惑いながら命じる。

『六枚の翼』の六人が、即座に俺へと殺到した。

今の俺に、もうアレを放つ力は残っていない。

ここまでか。


そう思った、その時だった。


ドドドドドドドドッ!!


背後から、凄まじい地響きが迫ってきた。

魔王城の城門が開かれ、ゼノンを先頭にした重装鎧のサイクロプス部隊が、怒涛の勢いで突撃してきたのだ。


「聖女の首は、魔王様のものです! 横取りはさせませんよ!」


上空からは、ルナリアの声が響く。彼女が放った広範囲の幻惑魔法が、聖王国軍の後方を混乱に陥れていた。

戦場は、一瞬にして、混沌の坩堝と化した。


『六枚の翼』は、舌打ちを一つすると、俺への攻撃を中断し、イリスを守るように陣形を組み直す。

ゼノンの部隊が、その鉄壁の守りに激突した。


俺は、その乱戦を、気を失ったライアスを背負いながら、ただ見つめていた。



聖女イリスが、再び俺を見た。

その視線は、もはや俺を『断罪すべき異端者』としてだけ見ているものではなかった。

俺という、理解不能な存在そのものへの、強い関心が向けられていた。


「……アレン、でしたね」


彼女は、小さく、俺にしか聞こえないような声で呟いた。


「あなたのその力、いったい何なのですか……?」


その問いに答える義理はない。

俺は、彼女に背を向けた。


「アレン! 大丈夫か!」


リリムの声が、すぐそこまで来ている。

今は、戻ろう。

俺の、新しい居場所へ。

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