第11話 偽りの共闘、本物の脅威

「みんな、気をつけろ!」


俺の叫びと同時に、コボルドの王が地を蹴った。

巨体に見合わぬ速度。狙いは、真っ直ぐに俺たち前衛だ。


「させん!」


俺とライアスが、ほぼ同時に剣を構える。

かつて背中を預けた男と、今再び同じ敵に向き合う。皮肉なものだ。


「ライアス、右に避けろ!」


「言われるまでもねえ!」


コボルドの王が振り下ろした剛腕を、俺たちは左右に分かれて回避する。ゴウッ、と風を切り裂く音。直撃すれば骨など容易く砕け散るだろう。

床に叩きつけられた拳は、大理石をクレーターのように陥没させた。


「シリル!」


ライアスが叫ぶ。


「――アイス・プリズン」


詠唱は一瞬。シリルの足元から氷の魔法陣が広がり、コボルドの王の足元を凍てつかせ、その動きを僅かに鈍らせた。


「ナイスだ、シリル! リーファ、アレンさんの回復を!」


「はいっ! ヒール!」


リーファから放たれた温かい光が、俺の体を包む。さっき甲羅に剣を叩き込んだ際の衝撃で痺れていた腕の感覚が戻ってきた。


「……助かる」


俺が短く礼を言うと、リーファは一瞬驚いたように目を見開き、そして力強く頷いた。


「あらあら、昔の女と息ぴったりじゃない。わたくし、嫉妬しちゃうわ」


いつの間にか背後に回り込んでいたルナリアが、鞭のようにしなる闇色の触手をコボルドの王の関節に叩き込みながら、甘い声を漏らす。


「遊んでる場合か!」


「これは失礼。でも、見ていてくださいまし、アレン様。わたくしだって、これくらいはできますのよ?」


ルナリアがウインクした瞬間、彼女の瞳が妖しく輝いた。


「――テンプテーション・ウィスパー」


「グ、オ……?」


一瞬、コボルドの王の動きが完全に止まる。魅了系の魔法か。

S級モンスターにさえ、一瞬とはいえ通用するとは。


「ゼノン、今じゃ!」


リリムの鋭い声が響く。

これまで沈黙を守っていた漆黒の騎士、ゼノンが動いた。音もなく王の懐に滑り込むと、その巨大な盾で急所である腹部を強かに打ち据える。


ゴッ!と、肉を打つ鈍い音。


「グオオオオオオオッ!」


コボルドの王が、今日一番の苦痛に満ちた咆哮を上げた。

外殻ではなく、比較的柔らかい腹部への的確な一撃。


「よくやったわ、ゼノン! アレン、ライアス! 追撃を!」


「言われずとも!」

「おう!」


俺とライアスは、再び剣を構え、王へと突進する。

だが、怒り狂った王の反撃は、俺たちの想像を上回っていた。


「人間ドモガァァァァッ!!」


コボルドの王が、その場にうずくまるように力を溜める。

まずい、何か来る!


「全員、伏せろ!」


俺が叫んだ直後、王を中心に凄まじい衝撃波が放たれた。


「「「ぐっ……!?」」」


広間にいた全員が、壁際まで吹き飛ばされる。

俺は何とか体勢を立て直したが、ライアスやリーファは床に倒れ伏していた。


「ライアス! リーファ!」


「……平気だ。だが、シリルが!」


ライアスが指さす先には、瓦礫の下敷きになりかけているシリルの姿があった。咄嗟に張った防御魔法で直撃は免れたようだが、身動きが取れないでいる。


「シリル!」


リーファが悲鳴を上げる。

コボルドの王は、その無防備な魔法使いに狙いを定めた。

鋭い爪が、無慈悲に振り上げられる。


――間に合わない!


誰もがそう思った、その瞬間。


シリルの前に、漆黒の壁が立ちはだかった。

ゼノンだ。

彼はその大盾で、コボルドの王の爪撃を真正面から受け止めていた。


キィィィィンッ! と、鼓膜を劈くような金属音。

ゼノンの巨体が僅かに揺らぐが、その足は床に根を張ったように動かない。


「ゼノン……!」


リリムが安堵の息を漏らす。

その隙に、俺はシリルの元へ駆け寄り、瓦礫を蹴り飛ばした。


「立てるか、シリル!」


「……問題、ない」


彼は静かに立ち上がり、杖を構え直す。その瞳には、ゼノンへの感謝の色が浮かんでいるように見えた。


「……借りが、できたな」


ライアスが悔しそうに呟きながら、立ち上がる。

魔族に、助けられた。その事実が、彼のプライドを酷く傷つけたのだろう。


「礼なら後で言え。今は、あいつを倒すことだけ考えろ」


俺は剣を構え直す。

ゼノンが稼いだ時間のおかげで、戦線は立て直せた。


「アレン様の言う通りですわ。さあ、第二ラウンドと参りましょうか」


ルナリアが妖艶に微笑む。

メルキアたち他の眷属も、それぞれの武器を構え、王を取り囲む。


奇妙な共闘。

人間と魔族。追放した者とされた者。

いがみ合っていたはずの俺たちが、今、一つの目的のために背中を合わせている。


「アレン……」


リリムが、不安そうに俺を見つめている。

彼女の魔力は、まだ不安定だ。この戦いで、無理はさせられない。


「大丈夫だ、リリム。お前はそこで見てろ。こいつは、俺たちが片付ける」


俺は、彼女を安心させるように笑ってみせた。


「……うん」


リリムが小さく頷く。

その時、ライアスが叫んだ。


「あいつの腹、さっきゼノンが攻撃した場所だ! 甲羅が砕けてやがる!」


見れば、確かに王の腹部、ゼノンの一撃を受けた箇所が大きく陥没し、禍々しい魔力が漏れ出していた。

あそこが、弱点だ!


「総攻撃を仕掛ける! リーファ、シリル、援護を頼む!」


「はいっ!」

「……わかった」


「ルナリア、ゼノン、左右から撹乱を!」


「お任せを」

「…………」


ゼノンは無言で頷く。


「アレン! 俺と行くぞ!」


ライアスが、俺を見て叫んだ。

その目には、もう迷いはなかった。


「……ああ!」


俺たちは再び駆け出す。

目標はただ一つ、コボルドの王の砕かれた腹部。


「今だ! アレン!」


ライアスが渾身の力で王の体勢を崩し、一瞬の隙を作り出す。

これ以上ない好機。


俺は剣にありったけの魔力を込める。

白銀の光が、刀身から溢れ出した。


「これで、終わりだァァッ!」


最大の一撃を叩き込もうと剣を振り上げた、その瞬間。


「グル……オオオオオッ!」


コボルドの王が、最後の力を振り絞るかのように咆哮した。

その狙いは、俺でもライアスでもない。

後方で、必死に回復魔法を詠唱し続けていた――リーファ。

王の口から、圧縮された闇のブレスが放たれようとしていた。


しまっ―――

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