第4話 おかか派 or コンブ派

「沼か泥か、それとも両方か。全く、山田のヤツぁ妙な具材を集めるのが好きだねぇ」


咲川は、倉庫の奥からぞろぞろと現れる影を見て、まるで品定めでもするかのように呟いた。増援と聞いていたが、現れたのは全身を泥で覆ったような巨漢と、やけにぬめぬめとした光沢を放つ男だった。おそらく、山田の四天王、沼と泥なのだろう。


湖(レイク)は、新しい客人に向け、にこやかにナイフをクルクルと回してみせた。


「あらあら、増えましたね。あらやだ咲ちゃん。メニューが豪華になっただけにゃんにょ」


滝は、武器を失った焦りからか、顔を真っ赤にして叫んだ。


「貴様らぁ!山田様の慈悲を仇で返すか!沼!泥!そいつらを叩き潰せ!」


沼と呼ばれた巨漢は、うおー、と低く唸りながら、その巨体に見合わぬ速度で突進してきた。その拳は、まるで大岩が飛んでくるようだ。しかし、咲川は慌てることなく、ひらりと身をかわす。沼の拳は、狙いとは裏腹に、近くにあった段ボール箱を粉砕した。中から、何かの部品がバラバラと飛び散る。


「おいおい、そんな勢いで突っ込んで、大事な商品が傷つくだろうが。それにしても、あんた、本当に沼か?随分とドライに見えるがな」


咲川の軽口に、沼はますます顔を赤くして、再び拳を振り上げた。その隙に、泥がスルスルと咲川の背後へ回り込もうとする。彼は、まるで液体のようになめらかな動きで、床を滑るように進む。その手には、まるで粘液でできた鞭のようなものが握られていた。

湖(レイク)は、そんな泥の動きを冷酷な顔で見つめていた。


「泥さんって、お掃除用品いらずですね。でも、そのべたべた、きっとお気に入りの服についたら大変にゃん?」


泥はギロリと湖(レイク)を睨んだ。その目は、獲物を見定めたスネイクのようだ。しかし、湖(レイク)は怯むことなく、むしろ挑発するように続けた。


「それとも、おかかですか?その方が、あなたも洗いやすいかもしれませんね」


その言葉に、泥はピタリと動きを止めた。おかか、という単語に、反応したのか。


「お、おかかだと…?なぜその名を…」


泥の声には、わずかな動揺が混じっていた。湖(レイク)はしたり顔で微笑む。


「ええ、だって、ほら。あなた、まるでフォルムが削り節みたいじゃないですか。それに、山田さんがあなたにくれたおにぎりは、きっと具なしだったでしょう?もし、おかかが入っていたなら…」


湖(レイク)はそこで言葉を区切ると、不敵に笑った。


「あなた方の心は、もう少し満たされていたかもしれませんね」


その言葉に、滝と崖、そして泥までもが、一瞬、はっとしたような表情を見せた。彼らの動きが、わずかに鈍る。その隙を、咲川は見逃さなかった。彼は沼の懐に飛び込むと、ドイツ製剪定鋏の刃の反対側を、沼の脇腹に軽く当て峰打ち。あくまでも深手は負わせない。ただ、その衝撃で、沼は大きくよろめいた。


「あんたたちは、山田のおにぎり理論に、随分とポイズンされているようだな。だが、世の中にはな、ツナマヨだけじゃなくて、おかかもあるんだぜ?しかも、醤油をちょっと垂らした、極上のホカホカおかかがな」


咲川は、まるで美食を語るかのように、にこやかに言った。その言葉は、沼の心を揺さぶったのか、彼は再び唸り声を上げ、その巨体を震わせた。

その時、滝が歯噛みしながら叫んだ。


「くだらない戯言を!山田様の塩おにぎりこそが、この世のシンプルな理だ!おかかなど、邪道に過ぎん!」


「フン、邪道か。だがな、邪道だからこそ、面白いこともあるんだぜ、滝。人生は、具なしおにぎりだけじゃつまらない。いろんな具材を試してこそ、奥行きってもんが生まれるんだ。例えば、そうね。天むすとかな···」


咲川は、剪定鋏をカチャリと開閉させながら、どこか楽しげに言った。湖(レイク)は、そんな咲川の言葉に、うんうんと頷いている。


「ええ、全くその通りです、咲やん。それに、おかかはですね、あの、なんというか…故郷の味がするんですよ。温かいご飯と、ちょっと焦げ付かせた醤油の香ばしさ、そして、ふわっと香る鰹節の香り…」


湖(レイク)は、遠い目をして、まるで夢見る乙女のように語り始めた。その言葉は、滝、崖、そして泥の心に、さらに深く染み渡っていくようだった。彼らの脳裏に、かつて口にしたかもしれない、温かいおかかおにぎりの記憶が蘇ったのだろうか。彼らの顔に、一抹の郷愁のようなものが浮かび上がる。

その瞬間、咲川と湖(レイク)は顔を見合わせ、にやりと笑った。


「さてと、そろそろお腹も空いてきたことだし、夕食の支度でもするかな」


咲川はそう言うと、剪定鋏を構えた。湖(レイク)もまた、アーミーナイフをキラリと光らせる。


「ええ、咲やん。それでは、皆さんに、とっておきのおかかおにぎりをご馳走してあげましょ」


湖(レイク)の声には、再び愉悦が混じっていた。山田の四天王は、未だおかかの香りに惑わされているのか、反応が鈍い。その隙を突き、二人は再び、怒涛の攻撃を仕掛けた。今回は、おかかの香りが、彼らの意識を刈り取るための、最高の隠し味となるだろう。


「さてと、おかかの次は昆布ですか。山さんも、随分と渋いチョイスがお好みだ」


咲川は、すでに戦意を失いかけている泥と沼を尻目に、新たに現れた影に目を向けた。その男は、全身を深緑色の衣服に包み、背中に何やら長大なものを背負っている。まるで巨大な昆布を背負っているかのようだ。山田の四天王、海苔とワカメは、どうやら今回は欠席らしい。代わりに現れたのは、その名も昆布。

湖(レイク)は、その昆布を見つめ、どこか不満げな表情を浮かべた。


「咲ちゃん、私、昆布はちょっと苦手なんです。なんていうか、地味じゃないですか?もっとこう、華やかなものがいいなと」


「おやおや、華やか、ねぇ。だがな、湖。この世は華やかさだけじゃやっていけないんだ。地味なものほど、奥が深い。まるで…そうだな、君の…」


咲川はそこまで言いかけて、ニヤリと口角を上げた。湖(レイク)は、その視線の先にある自分の胸元に気づき、ムッとした表情になる。


「咲ちゃん、それ以上は言わないでくださいね。全く、デリカシーがないんですから」


昆布は、二人の会話を無言で聞いていたが、突如として背中の長大なものを抜き放った。それは、まるで漆黒の鞭のようにしなる、巨大な昆布だった。


「静まれ。無用な会話は許さん」


昆布の低い声が響く。湖(レイク)は、その昆布の威圧感に一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直した。


「ふん。北海の海原、羅臼に漂う昆布め。いくら大きくても、所詮は昆布。私のナイフの前では、ただの出汁に過ぎません」


そう言い放った湖(レイク)は、昆布めがけて一直線に駆け出した。その身軽な動きは、まるで風のようだ。彼女のアーミーナイフが、昆布の硬質な体を狙う。


Aカップ

胸が邪魔だと

いつも思う

昆布のように

広がる海底


次回、鱈子が来襲···


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