5-10
加瀬くんと以前のようには話せなくなった。
もちろん、学校では話しかけられたら、目を見て話すし、練習中だってそう。
ただ、なんとなく自分では距離を取っている。
そこに、時々菜々さんが現れるとまだ胸の奥が痛くなる。
毎晩、泣いた。
一緒に行った東京や、ケーキのお店、楽しかった思い出が日焼けみたいに私の心にこびりついて離れない。
これ以上好きになる前に、そっと距離を置いているのをアオイくんはお見通しで、たまに突然電話がくる。
私が一人で深く考え込まないようにだろう。
そして、もう一人そんな私の変化に気づいた人がいた。
ある日の練習からの帰り道、前を歩いていた周が振り返って、
「オマエさ、拓海のこと」
と、言いかけて、それから口を閉ざしてしまった。
周も気づいていたのかな、私が加瀬くんのこと好きだったこと。
そして告白する前に、フラれてしまっていることも。
だからといって周は優しくしてくれることもなく、普段通りだったし 私もその方が楽だった。
周にはまだバンドを抜けることを伝えていない。
学祭が終わったら、その日の内に言うつもりだった。
怒るだろうか、でも元々からそれまでだったし、「ふうん」で終わったりして……。
もし残念がってくれたならば、申し訳ないな、と思う。
学祭当日午前中は賑やかなクラスの催しに参加した。
うちのクラスは縁日で女子は浴衣、男子は法被姿。
男子は金魚すくいコーナーと焼き鳥、女子は綿あめとかき氷の担当だ。
余った人は呼び込みや、時間割で休憩貰って他のクラスを回ったりしている。
朝一でかき氷三十分を担当し、一人でゴリゴリして頑張ったのですぐに休憩に回された。
もう、腕がパンパンにだけど、ドラム担当、腕力はある。
「んじゃ休憩に行ってくるね!」
交代してくれた由衣ちゃんに手を振り周囲を見渡すと、加瀬くんは金魚すくいコーナーで小学生たちに囲まれて掬い方をレクチャーしていた。
それを横目で見ながら教室を出て、一番に覗いたのは一組のパンケーキ屋さん。
男子は水色、女子はピンクのお揃いエプロン付けてる中で、周は必死にパンケーキ焼いていた。
こっちに気づかないほど忙しそうなので一組は後で回ろうかな、と踵を返したら目の前にパンダが立っていた。
いや、パンダの着ぐるみを着た人が、私に何か差し出している。
「私に?」
そう聞いたら、頷いたので受け取るとどうやら持ち帰り用パンケーキのようだ。
なんで? 私、注文してないよ?
「え、っと」
言いかけた私の手を取りパンダは早足で歩き出す。
もしかして、パンダの中の人って……?
「まさか、アオイくん?」
コクコクと頷いたパンダアオイくんに連れられて一緒に他のクラスの催しを見て回った。
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