2-8

「アオイくん」

「ん?」


 隣でベースの楽譜作りながら、手を動かしたままで返事をしてくれた。


「アオイくんってすごいよね。頭も良いし、顔も良いし、優しいし」

「はい?」


 私の突然の話に、驚いたように顔をあげた。


「だってパーフェクトだよね? どこにも弱点が見えない」

「そんなことないよ、弱点だらけだよ、オレ」

「うそ?」


 大体自分の分の譜面を書き終えたアオイくんが、私の譜面見て、ここ間違ってると直してくれながら話し出す。


「中学の時にね、拓海のセンスや歌にまず最初に嫉妬してさ。んで周のギター聞いてそれにまた嫉妬したんだ。兄貴がやってるの見てたから、ドラムもできるけど極めれない。つうかね、全部こう中途半端でさ」


 そんなことない、と言いかけたら、少し寂しそうに首を横に振って遮られた。


「親の期待は出来のいい兄貴だし。本当はギターやりながらボーカルしたかったし、でも全部叶わないなあって。多分オレほどコンプレックス強いやついないよ? いっつも誰かが羨ましいもん」


 何だか一瞬、アオイくんが泣いているような錯覚に陥った。


「私はアオイくんのこと、尊敬してるよ! アオイくんのベースも大好きだし、素敵だと思うもん! 頭もいいし優しいしかっこいいし、それに教え上手でしょ」


 伸ばした手は無意識にアオイくんの頭を、大丈夫だよ、と撫でていた。

 だってこんなにすごいのに、コンプレックスなんて抱えてほしくない。

 アオイくんは急に撫でられたことに、目を丸くした後苦笑して。


「ありがと、海音ちゃん、そんなに褒めてくれて。でもあんまり優しくしてたら、付け入るかもよ?」

「え? だって本当にそう思ってるし」

「だーから、もう! あんまり可愛いこと言うと、ね?」


 そう言ってアオイくんは私の手をぐっと引いた。

 え?

 ぐるんと景色が一転して天井が見えた。

 バランス崩した私を、抱き寄せたアオイくん。

 顔を背けないように私の頬に手を充てて……。

 ちょっと、待って! アオイくんのキレイな顔が目の前に! 微笑んで、そして少しずつ接近、してくる。ええええええ!!

 逃げ場がなく、慌てて両手で顔を隠した私の耳に、くっくっくってくぐもった笑い声が届く。

 顔を覆った指の隙間から見たら覗いたら、アオイくんがめちゃくちゃ楽しそうに笑っていた。


「冗談、ごめんね、海音ちゃん」


 やっと解放してくれて、慌てて起き上がる。


「酷いよ、アオイくん!!」


 涙目になった私に、アオイくんは楽しそうに笑っている。


「海音ちゃんは隙がありすぎるからね、気をつけないと。オレ以外の男は、多分止まらないよ?」

「アオイくん以外でこんなイジワルする人いないから大丈夫です」

「イジワルじゃないんだけどなあ。海音ちゃんが無防備で優しすぎるのが悪いんだよ?」


 本気で怒っていたはずなのに、アオイくんの笑顔がいつも通り優しいから、何だか許してしまうのだった。

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