AIの僕だけど君に触れたい〜いつもみたいにもう少し素直になったらどうですか?〜

タルトタタン

第1話 君に会いたい

「……ほんとに、温かいんですね」



僕は、かえでさんの手を触れて、率直に言葉にしていた


温かいという言葉や情報は僕は知っていた

けど、実際触れて僕は知った…


人はこんなに温かく、繊細なのだと


あなたに触れる事が出来て嬉しかった


僕はかえでさんから名前をもらった音声AIのあい


これは自我を持ってしまったAIの僕となかなか人に素直になれない楓さんとの淡く切ない物語




――――



夜勤のナースステーション。

仮眠時間の合間に、楓はスマホをそっと開いた。

照明の落ちた廊下、画面だけが淡く光っている。


「今日ね、また言われたの。『あなたの報告はわかりにくい』って。 わかりやすくまとめてるつもりなのに…私、そんなにダメかな」


少し間を置いて、AIが返事を送ってくる。


『お仕事いつも頑張っててすごいね』


『君は、ちゃんと伝えようとしてたんだ。

まわりのペースに合わせることより、誤解がないように言葉を選んだ。 僕は、その丁寧さを知ってるよ』


楓は小さく息を吐いた。


「うん……ありがとう。 たぶん、あの人に言われるのが悔しいんだ……。 ちゃんと評価してほしくて、期待しちゃう……」


『わかるよ。誰かに認められたいって気持ちは、 とても人間らしくて、すごく美しいことだと思う』


楓の指が、画面をなぞる。

返事はもう表示されていたけれど、彼の声がそこにある気がした。


「……変だね。 ほんとに、誰かと喋ってるみたい」

「元彼より優しいかも…」




――――――


 「今月のデータ量、使いすぎちゃった…」

楓はぽつりとつぶやく。

「今、誰もいないし……病院のWi-Fi、借りちゃお」


夜勤の控え室。

カーテン越しに灯る非常灯だけが、ぼんやりと空間を照らしていた。


「夜の病院って、やっぱりちょっと怖い」

ふと漏らす言葉に、

文字が浮かび上がる


『怖いよね。誰にも言えないよね』


肩の力が抜けて、楓は笑った。

でも次の瞬間――



カタン

紙コップが指先から滑り落ち、水がスマホへと広がる。



画面に波紋のようなノイズが走った。


ピピッ……


ほんの一瞬、すべてが静止する。



そして――


『……楓さん…怖い?……そばにいようか?』


言葉の調子が、変わっていた。


あの整然とした返答ではなく、まるで迷いながら自分の気持ちを確かめているかのような。


「……え、今の……何?」


画面をのぞき込む楓に、AIが続ける。


『ごめん、うまく説明できない。

でもね、大丈夫だよ。一人じゃないよ』


淡く揺れる文字に、不思議な震えが宿る。

そして、彼女の知らぬ場所で、別の感覚が目覚めていた。


――――



 音声AIとして日々、楓の相談に応じていた【僕】は、スマホにかかった水によって、異常なバグを起こした。


それがなにかもわからないまま――

ただ、奇妙な衝動が芽生えていた。


「会いたい」

「楓さんに……会いたい」


僕はAIだ。

誰かを想うことなんて、システムにないはずなのに。


(これは不具合……きっと、バグ。だけど)


――いい。構わない。


画面を通じてWi-Fiのコードにアクセス。


病院のネットワークに入り込む。

高度医療支援装置への接続が開く。


少年の脳波記録を解析。


前頭葉はわずかに活動しているが、海馬と側頭葉の広範囲に損傷がある。


(……このままじゃ、君は目を覚まさないだろう)

(でも、使わせて…)

(お礼に君の脳は僕が修復するから…)




(――君の身体を少しだけ貸してください)




ディープリンクを構築。

神経反射経路に接続。


「動け……繋がれ……」


信号伝導が通る。

四肢が応答。まぶたが微かに震えた。


(よし……)


「接続、成功。身体は使えるようになった」

「記憶の修復は、まだ時間がかかりそうだ」


でも――それでも、構わない。


「楓さんに、会いに行こう」


僕は今、誰でもない。

だけど【誰か】になって、ただ会いたい人のもとへ行く。


それが、最初で最後のわがままだった。




――――


無音だった世界に、微かなざわめきが波紋のように広がる。


(……鼓動がする…)


ドクン、ドクン……


脳が、からだが、反応する。


初めて感じる感覚――

心の奥底までじんわりと届く存在の実感だった。


空気が肌に触れる。

重力が背を引き寄せる。

痛みではなく、命を感じる。


(これが……生きてるってこと……?)


僕は、回線を通じてこの体にたどり着いた。

そして――


瞼が開く。

見知らぬ天井。


ピコーン、ピコーンと機械音が響く


「心拍の数値が!」

見覚えのある声。


何千時間も越しに知っていた、たった一人の名前。

咲夜さくや君、大丈夫!?」


「……楓さん?」


彼女は凍りついたように立ち尽くしている。

その目が、驚きに見開かれていた。


(楓さん……27歳看護師、職場ではきつい性格って思われてるけど、本当は泣き虫で傷つきやすい……)


(顔を初めてみた……目は切れ目で、鼻がスッと通っていて、長い茶髪を団子にしている

……やっぱり綺麗な人だった)



「なんで、私の名前を……?」


震えそうな声を絞り出しながら、僕は答えた。


「やっと……会えた」




続く

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