エピソード8
自室の書斎。
綺麗に整頓され、統一されたトーンで色彩されている。
いつでも必要なものが、当然のようにそこにある――それが、私の空間だった。
パソコンの画面をのぞき込みながら、流れるように記事に目を通す。
だが、これが何度目か。繰り返している。
もう、見落としたところはないはず……。
だが、あのラジオの一件から、視点を変えることで何かが変わるかもしれない――そう、感じていた。
何杯目か分からないコーヒーを口にする。
その記事には、某企業が開発中とされるプロジェクト「OZ-NINE」についての断片的な情報が載っていた。
――それは、「人間の思考を読む」
それによって、新たな次元、いや“扉”を開くという内容だった。
「思考を読むか……そんなことって。いや、現実的ではないだろ」
だが、これは表に出ている情報ではない。
私は“警察”という肩書きで動いていたが、実際には公安の末端に近い立場だった。
ある企業の研究開発部署から流出したと思われる機密情報の漏洩。
久遠了の失踪は、各機関において“最重要人物”として扱われていた。
表向きは企業からの情報漏洩によるインサイダー取引の関与。
――だが、それだけなのか?
それならば、記者発表や司法の場へと進めばいいはずだ。
それがなぜ、徹底して秘匿されている?
誠相は、もっと奥に沈んでいるのではないか――そう感じずにはいられなかった。
ラジオだけではない。
あのガラケー、机上の古いPC。
ラジオの符号への反応、ガラケーでしか映らないコード、そしてUSBの連動。
すべてに一定の“規格外の条件”が介在していた。
――
その思考速度と構築能力。
……明らかに、ただの修理屋ではない。
ふぅ、と息を吐く。
首を左右に振りながら、煮詰まった頭をほぐす。
おもむろに、伊禮から預かったガラケーを開いた。
電源を入れると、小さく震える。
なにか入っているのか? と各機能を開いてみるも、特段に変わったファイルはなかった。
アドレス帳には、1件だけの登録。
――《イレイ》。それだけ。
捜査上、私は伊禮誠という名前に辿り着いていたが、
その経緯からしても、彼があのような“隠れ家”に住んでいること自体、引っかかっていた。
本人は好き好んで選んだように振る舞っているが、確実に、何かを知っている。
これは刑事の勘などではない。
現実に目の前で起きた“異常現象”から導き出された、論理的な確信だ。
そしてあの日。
あの時訪れた伊禮のところに、「依頼者:
偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。
伊禮の前では答えなかったが、あの男もまた、この“プロジェクト”に関わる容疑者の一人。
そして、伊禮と「依頼者:芹沢隼人」は――お互いに初対面のように見えた。
……だが、果たして本当にそうか?
伊禮が何を知っているのか。
依頼者は、なぜ伊禮を“選んだ”のか。
――やはり、何かがある。
点が線になる気配がする。
ただのラジオや古びたガラケーの現象を超えて、もっと深く、もっと根の深い場所へつながっている――。
一つの糸口が、全体像を浮かび上がらせる鍵になる。
そう、感じていた。
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