エピソード7

あれから、ラジオに目立った変化はなかった。

まるで役目を終えた道具のように静まり返っている。


「……なんでお前、今どきガラケーなんか使ってんだよ」


虎時の呆れ声に、伊禮はあらかじめ予想していたように静かに答えた。


「会社を辞める直前、あるプロジェクトに関わった。……いや、巻き込まれたって言ったほうが近いな」


「プロジェクト……?」


虎時は何かを考えているように黙り込んだ。


「簡単に言えば、“情報を盗む装置”みたいなもんだ。

 メール、通話、生活パターン……全部、裏で吸い上げてデータ化する。そして……」


そのあとの言葉を、伊禮は選ばざるを得なかった。


「……まじかよ」


「だから、あえて使ってる。……ガラケーと、独自の回線。

 あれを知ってから、もう普通の端末を信じられなくなった」


「それって……久遠了の失踪と関係あるのか?」


――――……。


「それより……虎時。お前はなぜ今になって、了――いや、久遠了くおん りょうの行方を探してるんだ?」


俺の返答を待たずに、虎時は顔を背けるようにして答えた。


「企業秘密だ!」


いかにも何かを隠している。いや、立場上、隠すのも当然だ。


「はは……警察が“企業秘密”ってな」


なんだか、少し神経質になっていた自分に気づく。

了に関すること。いや、俺の答え次第で――虎時が俺のもとに現れた理由にも、手が届くのかもしれない。

だが、今の俺はまだ何もわかっていない。


――為すべきことを整えれば、答えは導かれる。

それが、伊禮自身の信念のように、胸の奥で渦巻いていた。


「ほい」


虎時が慌てて手に取ったものを、俺は軽く放った。


「……なんだよ、これ!」


「何って、ガラケーだよ。同じやつ。俺とお揃い」


それは、伊禮が使っているのとまったく同型の、古い二つ折りガラケーだった。


「お揃いって……これ、俺に使えってのかよ!」


「そうだよ。俺は、この番号からしか着信を受けない。……要らないなら、別にいいけど?」


一瞬、迷うような虎時の顔。


「……何もかも、便利がすべてじゃない。便利さの裏で壊れるものも、たくさんある」


しばらくの沈黙のあと、虎時はその端末をポケットにしまった。


「……だが、さっきの現象。まだ“足りないもの”があるなら、それを見つけなきゃ、答えには辿りつかないと思う」


「……そうだな。俺にも、気になることがある」


虎時は視線を落としたまま、続けた。


「このラジオ。実は……持ち込んだ人物に、見覚えがある。それを、調べてみようと思う」


「ああ」


俺は短く返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る