【完結】「私じゃダメですか…?」 幼馴染に3度振られた俺に、その妹が泣きながら告白した日からすべてが変わった

どとうのごぼう

第1話 振られた痛みと振る痛み

 幼馴染に、三度目の告白をして――また、振られた。

 その夜、俺に手を伸ばしてきたのは、彼女の“妹”だった。

「私じゃダメですか……?」



  ◇ ◇ ◇



「……かえで。俺と付き合ってください」


 ――三度目の告白だった。

 小学生の頃から、ずっと好きだった。

 これで最後にするって決めてた。


「ごめん。無理」


 あまりにもあっけなかった。

 終わった……はずなのに、心の奥がまだ痛みを引きずっていた。


 だけど、どこかで期待していた。

 努力して変わった今の俺なら、もしかしてって――。


 楓はため息をついて、ふと視線を外した。


「ねえ直人。私ってよく、文武両道で容姿も整ってるって言われるんだ。

 高嶺の花って言葉、何度聞いたかわかんないよ」


 他人事みたいに、淡々と喋る。


「でもね、それって努力してるからなんだよ」


 俺は息を呑んだ。

 どこか、自分のことを言われているような気がして。


「……君もそうだったでしょ?」


 楓の瞳が俺を射抜いた。


「昔は普通の男の子だったのにそれなりに立派になったもんね。勉強も運動も外見も。

 私に釣り合うように頑張ったんだよね?」


 何も返せなかった。

 それは、全部事実だったから。


 だが、楓の目は冷たかった。

 誉め言葉のはずなのに、胸に刺さって抜けない。


「でもさ、私のために頑張ってきたなら、今この瞬間、全部ムダだったってことだよ?」


 その一言が一番痛かった。


 ぐらり、と足元が揺れたような気がした。

 でも、それでも……。


 ……ムダだなんて、勝手に決めつけないでくれ。


 たとえ報われなかったとしても、俺はこの積み上げた努力を誇りに思いたかった。


「ま、ストーカー扱いしないで友達でいてあげるだけ、感謝してね」


 軽く笑ったその声に、心の奥がじんと焼けた。


 楓は屋上のドアまで去っていく。

 俺はそれをただ呆然と見ていた。


 ドアノブに手をかけた楓は、扉を少しだけ開きかけたところで、ふっと小さく呟いた。


「……ごめんね」


 ――確かに聞こえた。


「……え? ごめんって……何が?」


 思わず声が出る。

 けれど楓は、横を向いたまま言う。


「……さぁ? 空耳じゃない?」


 視線は合わせてくれなかった。


 その声はかすれていた。

 ほんの少し、迷っているような表情にも見えた。


 俺はその表情を見たら、それ以上なにも言えなかった。


 そして、楓はドアの向こうへ消えていった。


 ――だが、最後。

 扉が閉まるその一瞬、ほんのわずかに、手が迷ったように見えた。


 ……空耳じゃない。

 あの「ごめんね」は、きっと本当だった。


 けれど、それまでの言動と、どうしても一致しない。


 ――楓が何を考えているのか、分からなくなった。


 俺は屋上の端まで歩いて、柵にもたれ、深く息をついた。


 夕焼けは曇り空へと変わっていた。俺の気持ちみたいに、どこまでも重たく。


 そのとき、背後で小さな足音がした。


「……え?」


 振り返ると、そこには楓に似た少女が立っていた。


 楓と同じく腰まで伸びた黒髪。

 楓と違って、おとなしく、どこか不安げな表情。


 ――久遠瑞葉くおんみずは。楓の妹。


 子どもの頃は、いつも俺たちの少し後ろを歩いていたあの子が、今はぎこちなく、両手を胸元で握りしめていた。


「ご、ごめんなさい……直人さん……」


 涙を堪えるような声で、顔を伏せていた。


「……瑞葉?」


 驚いて名を呼ぶと、彼女はおそるおそる視線を上げた。


「さっきの会話……全部、聞こえてて……」


「えっ」


「直人さんのあとを追ってたら……屋上の階段の踊り場で、出るに出られなくなっちゃって……。

 その、告白……聞いちゃって……」


 しどろもどろに話しながら、頬を真っ赤にしていた。

 肩がかすかに震えていて、視線はまた下を向いていた。


「ご、ごめんなさいっ!」


 深く頭を下げる瑞葉に、俺は思わず苦笑した。


「いや、いいよ。瑞葉にはバレてるもんな。俺が何回もフラれてるかなんて」


 冗談めかして言うと、瑞葉はそっと顔を上げた。

 でも、その目は少し潤んでいた。


 しばらく沈黙が流れたあと、彼女はぽつりと呟いた。


「……なんで、そんなに……何度も……?」


 視線を伏せたまま、言葉を続ける。


「中学生のころから……何度も告白して……全部、だめだったのに……」


「…………」


「私だったら……一回振られただけで、きっと……心、折れちゃうのに……

 だから……私だったら絶対告白なんて出来ない……」


 その声は、まるで自分を責めるように静かだった。


 制服の裾をぎゅっと握る手が震えていた。

 唇がなにかを言いかけて、でも閉じられた。


 言いかけた言葉の輪郭だけが、どこか心に引っかかった。


 ……まるで、好きな人の名前を飲み込んだかのような。


「……やっぱり、好きだから、かな……」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 十年以上、ずっと楓のことを想ってきた。

 小学生の頃は瑞葉も交えて三人でよく遊んだ。

 あの頃の笑顔がまだ忘れられない。


 だから俺は、三度も告白するような未練がましい真似をしてるんだろうな。

 自嘲しながら、ふっと笑った。


「……でも、それでも諦めるつもりはないよ」


 その言葉は、自分への宣言でもあった。


「報われなかったからって、やめたら俺じゃない。そう思いたいんだ」


 もちろん、本気で嫌われてるってわかったら引くつもりだ。

 でも今は、まだ“友達”ではいられてる。


「だからこそ、また、より努力しなきゃな」


 そう呟くと、瑞葉が小さく息をのんだように見えた。


 瑞葉は一瞬、何かを迷うような顔をしてから、真っすぐに俺を見つめた。


「……直人さん。大事なお話があります」


 声をかけたあと、瑞葉はほんの少し唇を噛み、言いかけた言葉を飲み込むように黙り込んだ。


 一瞬、屋上に風の音だけが流れる。


 それでも、瑞葉は意を決したように、小さく深呼吸をして――


「私……直人さんのことが、好きです」


 いつになく真剣な声音だった。

 その言葉に、思わず目を見開く。


「え……」


 声が、かすれた。


「十年以上前から……ずっと好きでした」


 瑞葉の声が震えていた。

 だけど、真っすぐで、必死だった。


「当時はまだ、直人さんのお姉ちゃんへの好きとは違っていたと思います。

 でも……」


 彼女は一度、唇をかんだあと、続けた。


「それからずっと、お姉ちゃんに一途に向かう直人さんを見て……。

 何度断られても努力し続ける姿に、私……どんどん惹かれていきました」


 その声は、涙を堪えるようにかすれていた。


「……お姉ちゃんには、ちょっとだけ、悪い気がしちゃうんです」


 小さく笑ったその顔は、どこか自嘲気味で――でも、優しさに満ちていた。


「ずるいですよね、私……」


 俺は何も言わず、ただ彼女の言葉を待った。


「だけど、それでも――私は、直人さんのことが好きです」


 一度、言葉を切るように呼吸を整えると、瑞葉はまっすぐに俺の瞳を見つめた。

 その目には、迷いのない光が宿っていた。


「……直人さんが、どれだけお姉ちゃんのことを大切にしてきたか、知ってます。

 それでも――そんな過去も全部含めて、私は、今の直人さんを好きになったんです」


 言葉を重ねるたびに、声は少しずつ熱を帯びていく。

 まるで、胸の奥に積もらせてきた想いが、ようやくこぼれ落ちたかのように。


「今の私は、自信を持って言えます。大好きですって……!」


 瑞葉は、目を潤ませながら、声を震わせて言った。


「だから……直人さん。私と付き合ってください!」


 俺は、言葉を失った。


 まさか、そんなにずっと想ってくれていたなんて……知らなかった。

 その気持ちは、痛いほど伝わってくる。

 でも、それでも――


「……ごめん。それは、できないよ」


 伏せた瑞葉の身体が、かすかに震えた。


 その肩が、小さく揺れる。

 頬をつたう涙が、ぽたりと膝に落ちるのが見えた。


「……私じゃ、ダメですか……?」


 ――その声は、かすれていて、泣いているのに、どこまでも静かだった。


 俺は視線を落としながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「違う……俺が……どうしても、まだ、楓のことが好きなんだ」


 それは、誰よりも未練がましく、誰よりも残酷な言葉だった。

 自分でもわかっていた。


 振る側になって初めて気づいた。


 これほどまでに真剣に、勇気を出して想いを伝えてくれた相手を、

 その気持ちごと断ち切るということが、どれほど残酷なことなのか。


 その人が、どれだけの月日を胸に抱いて、積み上げてきた想いなのか。

 そして、その想いを否定することが、どれほど相手を傷つけるのか。


 それを考えたら、たとえ楓の態度が冷たくとも、三回も告白してきた彼女に申し訳なく感じた。


 瑞葉はゆっくりと顔を上げた。目元が潤んでいた。


 その表情が、胸に刺さる。

 十年以上、妹のようにそばにいてくれた、あの瑞葉を、今、俺は傷つけてしまったんだ。


 それでも彼女は、微かに笑って言った。


「そうですか……。

 ……でも、私、諦めませんから」


 彼女が顔を上げると、瑞葉は涙をこぼしながらも、まっすぐ俺を見つめていた。


「直人さんは、三回も告白して振られても、それでも諦めなかった人です。

 なら……私だって一度振られたくらいで、心なんて折れません…!」


 声が震えていた。涙が頬を伝って、制服の胸元を濡らしていく。


「だから……絶対、絶対、直人さんを振り向かせてみせます……!」


 宣言するように、言い切った。


 そのまま、瑞葉はくるりと背を向けて、静かに、涙をすすりながらも、

 けれど確かな足取りで屋上の扉へと歩いていった。


 遠ざかる足音だけが、屋上に残された。


 俺は、その場に立ち尽くしていた。


 今日は――振って、振られた日だった。


 心が痛むのは、どちらも同じだった。


 けれど。


 瑞葉の涙を見たとき、俺ははっきりと思った。


 ……三回振られたあの日々より。

 「振った」今日が、一番、胸に刺さった。

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