戦国の封獣・壱 〜信玄と鬼の眠る湖〜

霧原零時

プロローグ

プロローグ/登場人物

<<<プロローグ>>>


――夜半。


諏訪湖畔の作業現場、その片隅。


仮設トイレのドアが、**きぃ……**と軋んだ音を立てて、静かに開いた。

中から現れたのは、さらしを巻いた分厚い胸板に作業ズボンニッカポッカを履いた、一人の巨漢だった。


冷えた夜気が微かに肌を撫でる。

見上げれば、昨日の雨が嘘のように、諏訪湖の空には満天の星が広がっていた。

さざ波ひとつない漆黒の水面に、膨らんだような丸い月がぼんやりと揺れている。


男はひとつあくびを噛み殺すと、作業員宿舎の裏手を回り、湖畔に引き上げられた五百年前の石箱へ向かおうとした。


――その時だった。

足元で、何かを踏んだ。


「……ん?」


ぐらりと体勢を崩し、よろけながら前のめりに転びかける。

とっさに足元を見ると、暗がりの中に、黒くて丸い何かが転がっていた。

それは……石のようにも見える。


男は、反射的につま先でそれを転がした。

地下足袋じかたび越しに、妙に生温く、弾力のある感触が伝わってくる。

ころん、とひと回り。月明かりが、その“裏側”を照らし出した。


――そこには、顔があった!


石だと思っていたものが――人間の頭だった。

目も口もかすかに開いたまま、潰れたような表情がそこにある。


「うぇっ……!」


男は叫び声を飲み込み、無意識に後ずさった。

だがその足が、何かに引っかかり、もんどりうって尻から倒れ込む。


――グチャ。


尻の下で、いやな音がした。

つまずいた辺りを見渡すと、二つの影が横たわっていた。


「二つ?」


男は恐々と尻の下に手をやった。

鷲掴わしづかみにしたのは、人間の頭髪だった。


「……っ!」


慌てて跳ね起きた。


足元の二つの影――それは警官の制服を着た胴体だった。

そして、その二つの胴体には――首が無かった。


その腰のホルスターに、拳銃があった。


彼は膝をついて手を伸ばし、拳銃を抜き取ろうとした。

だが、ホルスターは革紐で厳重に留められている。

なかなか外れない。


この暗がりに、二人の警官を容易く惨殺した何者かが潜んでいる。


――男はかなり焦っていた。




==========================


<<<登場人物>>>


◎ 白鳥 しらとり あおい(25)

売れっ子のフリーレポーター。

長いストレートヘアと可憐な美貌の裏に、強靭な体力と勝気な性格を隠す。

元・陸上短距離の全国選手で、危険地帯の取材も恐れない。

西麻布在住。


◎ 神童 時貞しんどう ときさだ(28)

跡見大学の若き教授にして、歴史考古学の新星。

温和で飄々としているが、伝承や遺物の謎には異常なまでの執念を燃やす。

その知識が、後に“石櫃”の秘密を暴く鍵となる。


◎ 牧瀬 一織まきせ いおり(19)

跡見大学1年。牧瀬コンツェルンの一人娘で、時貞の助手。

幼い頃から上流社会で育つが、素直で純真。

父・牧瀬社長と、神童 時貞の父・神童 勘明は古くからの親友。


◎ 賀寿蓮 龍信がじゅれん りゅうしん(27)

建設会社「賀寿蓮組」二代目の現場監督。

不器用だが義理人情に厚く、熱血で仲間想い。

「筋を通す昭和の男」を貫く。

その豪快さが、地獄の夜で“命の灯”になる。


【賀寿蓮組(建設現場チーム)】


◎ 羅生門 源次らしょうもん げんじ(36)

現場責任者。太眉と髭が印象的な豪腕男。

岩手に妻と双子の娘を持つ、家族思いの良き父親。


◎ 吉田 よしだ さとし(20)

にきび面の陽気な若手。小柄でムードメーカー。

お調子者だが、仲間のために体を張る勇気もある。


◎ 森川 翔太もりかわ しょうた(20)

彗の同期で、痩せ型の怖がり。

しかし、最も臆病だった彼が――最後に“決断”を下す。


【田辺研究所(古生物チーム)】


◎ 田辺 広信たなべ ひろのぶ(52)

古代生物学の権威。理詰めで冷静沈着な科学者。

異常事態にも動じず、“怪異”すら検証対象とする男。


◎ 丹波 三郎たんば さぶろう(44)

田辺の助手。気弱で感情的だが誠実。

恐怖に怯えつつも、研究者としての責務を忘れない。


◎ 日向 陽子ひなた ようこ(36)

女性助手。物静かで冷静、芯の強さを持つ。

チームの情報分析を担い、丹波とは衝突が絶えない。


【水篠物産(発掘事業チーム)】


◎ 水篠 大蔵みずしな たいぞう(68)

発掘プロジェクトの最高責任者。

現実主義者だがロマンにも理解がある懐の深い経営者。


◎ 岩城 雅也いわき まさや(45)

営業部長。リスクを嫌う慎重派。

“怪物事件”を最後まで否定するが、恐怖が理屈を超える瞬間を目撃する。


◎ 東峰 隆造とうみね りゅうぞう(48)

現場統括責任者。実直で経験豊富な現場主義者。

上には弱いが、部下を守る姿勢は崩さない。


◎ 林 道夫はやし みちお(28)

発掘員。元ラグビー部の巨体で、職務に忠実。

“最初の犠牲者”として惨劇の幕を開ける。


◎ 山本 やまもと まこと(27)

発掘員。元柔道部の誠実な青年。

林の相棒であり、事件の“真相”を最初に疑う一人。


【報道チーム:チャンネル9】


◎ 一条 義春いちじょう よしはる(59)

チャンネル9常務。報道現場と会社の板挟み役。

碧の現場取材を容認した張本人で、信念ある報道人。


◎ 風見 麟太郎かざみ りんたろう(31)

専属カメラマン。皮肉屋で自己保身型の現実主義者。

表向きは碧の協力者だが、彼のレンズは“恐怖の真実”も逃さない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る