第十五話 大物主神の正体

「あれ、幸村さん、怜、坂本君もいない!」


 美里が異常に気づく。


「まさか、『しるし』って? 三人も一諸に飛ばされたの?」


 薫は勘がいい。


「幸村さんには頼んだけど、怜と坂本君は違うわね。独自に飛んだみたい。怜の能力かも」


 ルナ先生が真相を語る。


「その『印』って、何なんですか?」


 涼介は訊いてみた


「幸村さんに訊いてみて。真田新陰流の技の一つらしい」


 ルナ先生はヒントをくれた。


「なるほど、あの『いん』なら、僕でも飛べる。涼介くん、一緒に行くか?」


 メガネ先生が何か納得してる。


「僕も行きます」


 涼介は即答する。


「私たちも一緒にいく」


 薫も即答し、美里もうなづく。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 メガネ先生は九字護身法の独鈷印どっこいんから九つの呪印を次々と結んで、刀印で格子状に空間を縦横に切り裂いていく。

 メガネ先生と薫、美里、涼介がいる地面に、縦横に切り結んだ九字の刀印の光が浮かび上がってきた。

 次の瞬間、四人の姿がその場から消えた。


「さて、私たちも例の場所に行きましょうか」


 ルナ先生は何か予知してるような口振りである。

 月読先生も後に続いた。

 ふたりは涼介とは全く違う場所に跳んだ。


  


          ✝




「さて、ここはどうやら、地底湖のような所のようだけど……」


 メガネ先生がそうつぶやきながら、辺りを見回している。

 足元には九字護身法の刀印で作られた網の目のような光を放つ呪方陣があった。

 これが真田新陰流の転移呪方陣の「しるし」なのだろう。

 九字護身法の呪印を唱えることで、この場合に転移出来る仕掛けになっているようだ。

 天井に不思議な星のような光があり、その光のおかげで、巨大な地下空間に暗い緑色の水面の地底湖が見える。

 天井までは、下手したら、三百メートルほどあるかもしれない。

 地下空間の横幅は一キロメートルはありそうだが、左右の端は霞んでよくみえない。

 かなり遠くに島のような物も見えるが、横幅十メートルほどの石畳の道が島まで続いてるようだ。

 その島の方で、何か巨大な蛇のような物が大きく動いてるのが見える。

 実際にこのような地底湖が実在するのではなく、おそらく、呪術的異空間であり、結界空間のような物だと思われる。


「メガネ先生、たぶん、あれが、あの蛇神のような物が大物主神オオモノヌシノカミの正体かも」

 

 月読先生ほどではないが、薫も邪眼イーヴィルアイを使うので、あれが蛇神である事に気づいている。


「正体は何だと思う?」


 メガネ先生は見当がついてるようだ。


「おそらく、日本最高の呪力をもつ女神だと思う」


 薫も大体の予想はしていたが、いざ、目の前に現れて、その霊力の巨大さが波動で伝わってくるので、体の震えが止まらなくなっていた。


「……たぶん、縄文から日本に存在する日本最大のたたり神、瀬織津姫セオリツヒメだろう」


 メガネ先生もその名を口にしただけで体が震えてきた。


「でも、瀬織津姫は最初から祟り神ではなくて、縄文時代の歴史書である『ホツマツタヱ』によれば、本当は男神である天照大神のきさき、正妻だったという。元々は水神であり、はらい神でもあり、瀧神、川神でもある。大祓詞おおはらえのことばでは祓戸四神はらえどよんしんの一柱の祓い浄めの女神であり、人の穢れを浄める性格を持っている。ただ、あまりにも霊力が強いために封印され、禍津神マガツカミの封印やケガレはらうという性質上、祟り神化しやすいという面がある。この地底湖のような呪術空間に封印され、ケガレをため込んでしまってるので、祟り神になってしまったのだろう。というか、地上には瀬織津姫の生命の力である和魂にぎみたまがあるが、地下世界に荒魂あらみたまがあり、ここでケガレを浄化する仕組みなのだろう」


「メガネ先生、真田先生から転送呪印が来ました」


 涼介は話の流れから見当をつけた。

 メガネ先生と薫が振り向くと、赤い転送呪印が地面に現れていた。

 これで跳んだらたぶん、最前線の戦闘に巻き込まれるだろう。

 だが、もうここまで来たら跳ぶしかないだろうと涼介も思っていた。


「……行きますか。みんな、覚悟はいいか?」


 メガネ先生が問いただす。


「はい!」 


 涼介がこたえた。

 美里と薫も強い瞳の力でうなずく。

 

「では、俺から行くから、後に続け。それぞれ、少し時間を空けて跳んでくれ」

 

 全滅を避けるためか、メガネ先生がそう言った。

 次の瞬間、赤い転送呪印に踏み込んだメガネ先生の体がすっと消えて行く。

 美里、薫の順に十秒間隔で跳んで行った。

 最後に涼介が赤い転送呪印の結界に踏み込むと、一瞬、視界が歪んで、体がふわりと軽くなって、周囲の景色が変わった。




           ✝




 着いた場所は何かの建物、古い日本のお城の一部屋のような場所だった。

 全体的に黒っぽい部屋だったが、小窓から明かりが見えた。

 黒い鉄の格子がついた小窓から外を見ると、巨大な青い鱗のある大蛇のような存在がのたうち回っていた。

 大きさは百メートルは超えているだろう。

 そこへ、全長数十メートルほどの人型機動兵器、おそらく、二機の赤と白の<ボトムストライカ―>が背中のハンドバズーカやビームガンで攻撃を仕掛けているのだが、相手にダメージを与えられてるようには見えなかった。

 少し遠くから、授業でよく乗った機動力に優れる人型機動兵器<ニンジャハインド>二機も攻撃を仕掛けていた。

 上空にも白色の小型ドローン兵器が百機以上展開して、青いレーザービームで攻撃していたが、徐々に撃ち落とされていっていた。

 戦況はかんばしくない。

 苦戦中らしい。

 数十股に分かれた長い尾のようなものが大地を打つ音の振動が涼介の立っている床を揺らす。

 まるで数十の触手のような物が二機のボトムストライカ―の行く手を阻み、青い鱗のある大蛇の本体に迫れない状態であった。


「涼介、ここにいたの。一緒に来て」


 背後から美里が声をかけてきた。


「美里、ここはどこなんだ?」


「前線砦の<真田丸>らしい。本物は初めて見るけど、授業で出てきた小さな砦とは比べ物にならない大きさね」


 <真田丸>はパラレルワールドの戦国時代に、真田幸村が得意した一瞬で巨大な前線砦を構築する忍術のひとつだという。

 これだけのスケールだと、もう魔法に近い。


「うわ、これが伝説の<真田丸>か」


 部屋の中央にある急な木製の階段を二人で降りて行く。


「メガネ先生と薫も、もう出撃するらしいので、私が迎えに来たのよ。対人戦は得意だけど、実は<ボトムストライカ―>の操縦はあまり得意じゃないのよ」


  美里がちょっと焦った表情を見せる。


「そこは気合で乗り切ればいい」


「涼介も言うようになったよね」


 美里がケラケラと笑う。


「僕も足が震えてるよ」


 足だけではなく、手も震えているけど。 

 時にせ我慢も必要である。

 

「薫は意外とノリノリだった。呪術戦闘が出来る<ボトムドール>で出るらしい」


「俺たちふたりは何で出るのかな?」


「もちろん、授業で散々乗った機動力の良い<ニンジャハインド>と、近接戦闘特化した<サムライマスター>の二択になる」


「僕は<ニンジャハインド>だね」


「私は、当然、<サムライマスター>よ。あんな蛇、ぶん殴ってやる」


「美里ならやれるよ」


「ありがとう」


 気合で言ったが、不思議と涼介の手足の震えはいつのまにか消えていた。

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ニライカナイの夏 坂崎文明 @s_f

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