第二章 オオモノヌシ編

第八話 ぬぼこ山神社

「こんな所に神社がある……」


 祭りの露店が尽きる頃、紅い鳥居が見えた。 

 所々、色がはがれている古びた鳥居だが、特徴的な字体で「ぬぼこ山神社」と描かれた雪洞ぼんぼりと鳥居の左右の朱色の木製の灯篭とうろうの明かりで紅い鳥居が浮かび上がってる。

 今日は縁日の祭りの日なのもあって、人通りもそれなりにあって賑やかである。

 涼介は何となく懐かしい気分になって、鳥居をくぐった。

 怜や美里、薫、坂本くんもついてきた。

 しばらく左右が低い藪と竹林の参道を行く。

 足元は苔に覆われた石畳と階段があり、緩やかな上り坂である。

 竹林のせいかもしれないが、この神社の鳥居をくぐると雰囲気が変わり、まるで別世界に入ったような不思議な感覚があった。

 ここを抜けると、その先の世界は異世界になってるのかもしれないと思わせる。

 この空間だけ、別の時間が流れているようにも感じる。

 竹林の所々に裸電球入りの雪洞ぼんぼりが吊るされて、灯篭とうろうの明かりもあり歩くのに苦労はない。  

 緩やかな上り坂の竹林をしばらく行くと、神社の拝殿が見えた。

 御手洗で手を清めて拝殿に前に立った。

 拝殿の外見は神社というより普通の家屋を改造したような感じであるが、普通の家屋の三倍ほどの横幅があり屋根も高い。

 白い神社幕には六画形の亀甲紋きっこうもん花菱はなびしの家紋が描かれている。

 木製のお賽銭箱の中央にも同じ家紋があり、左手の台上の箱には各種のお札がある。

 中はかなり広く、何かの道場のようにも見えるが、奥の方に神様が祀られてる祭壇が左右の木製の灯篭とうろうでうっすらと見えた。

 拝殿の前でお賽銭を投げ入れ、鐘を鳴らす。

 心の中で神様に祈って二礼二拍一礼した。

 みんながこれからも無事でいますようにと、ありきたりな願いを唱えた。


「美味しい『ひやしあめ』はいらんかね」


 声の方を振り返ると、境内の片隅で『ひやしあめ』を売ってる巫女さんがいた。

 白い小袖に赤い袴姿で、華奢な身体であるが妙に目力のある鋭い視線の女性だった。

 『ひやしあめ』はこういう縁日などに神社の境内でよく売られている甘くて冷たい飲み物であるが、麦芽水飴をお湯で溶いて生姜の絞り汁を加えて冷やしたものである。

 麦芽水飴は麦芽、米、でんぷん、水を材料にして作られるが、砂糖を用いてない優しい甘さの中に生姜の爽やかな味わいがある。

 暖かい物は『あめ湯』と呼ばれる。

 主に関西地方の夏の定番の飲み物で、ここ関東では珍しいが、涼介は京都の親戚の家に遊びに行った時に夏祭りで飲んだことがあった。

 

「ひとつ貰おうか」


 涼介が言うと、


「私も」


「俺も飲みたい」


 怜と坂本君も飲みたがった。

 が、美里と薫は首を横に振った。

 以前、ふたりに飲ませた時に、生姜の味がどうも苦手だったらしく不評だった。

 なのに、同じ生姜で出来たジンジャエールは飲めるのだから不思議だ。

 三人でひやしあめを飲んで、しばらく経つと急にまぶたが重くなってきた。

 涼介はいつのまにか意識を失っていた。




        †




 気がつくと、涼介は少し暗いが仄明るい洞窟のような場所に横たわっていた。

 周囲は淡い燐光のような物に照らされていて、何となく輪郭は分かる程度の視界はあった。 

 涼介が起きると同時に坂本君が身を起こし、怜も気がついてふらふらしながら立ち上がった。


「……ここは、どこかの洞窟かな?」


 坂本君が辺りを見回す。

 洞窟は大人の背丈ぐらいの高さでずっと奥まで続いてるようだ。


「たぶん、そうだろうけど、美里と薫がいない」


 涼介も何となく違和感を感じて周囲を見たが、少し明るくなってる方向に進むしかないようだ。


「涼しいけど、湿気が凄いね」


 怜は皮膚感覚で何かを感じ取ってるようだ。

 自然と坂本君が先頭に立って、怜、殿は涼介が務める。

 異世界の地下迷宮ダンジョンを進むパーティみたいだ。

 三人共、浴衣姿で武器もないので、物理的な防御力は皆無である。

 頼りになるのは体術と呪術や防御魔法は使えるはずだが、早速、先頭の坂本君が掌に紅い鬼火を出した。

 怜と涼介も淡い光を掌にともした。

 呪術は使えるみたいだ。

 数分、仄明るい洞窟を歩いたかと思えば、一気に視界が開ける場合にたどり着いた。

 そこはかなり広大な空間なっていて、ちょっとした地方のドーム球場のような広さがあった。

 その空間の突き当たりに、紅い鳥居があり、その奥に蛇がとぐろを巻いたような石のご神体のようなものが見えた。

 山頂を覆う岩や石がご神体の神社は珍しくない。

 岡山県赤磐市の備前 一ノ宮、石上布都御魂神社いそのかみふつみたまじんじゃという所に、「古代祭祀研究部」の遠征で訪れた事があった。

 確かあそこは素戔嗚尊スサノオノミコトがヤマタノオロチを討伐した十握剣とつかのつるぎの神社なのだが、10分ほど背後の山に登った先の山頂の奥宮には立派な磐座いわくらがあった。

 その山の山頂が広範囲に岩で覆われていて、しめ縄で囲われた聖地として禁足地になっていた。

 磐座とは何らか神が降臨する場所である。

 元々は山頂の磐座がご神体だったが、赤磐市にある血洗いの滝で、素戔嗚尊スサノオノミコト十握剣とつかのつるぎを洗い清め、この神社に奉納したという。

 その後、十握剣とつかのつるぎは奈良の石上神宮に移されたが、ここの名物お爺ちゃん宮司さんが木製の十握剣とつかのつるぎのレプリカを見せてくれたりした。

 石上神宮では、布都斯魂ふつしみたまとして祀られてる。

 布都御魂ふつみたまとは、剣で切る際の「ふつ」という音を表していて、言わば、剣の精霊のようなものである。


「涼介さん、怜ちゃんを頼みます」


 坂本君が何かを見つけたのか、り足で紅い鳥居に方に近づいていく。

 いつのまにか、鳥居の前に白い小袖と緋袴ひばかまの巫女さんが姿を現している。

 「ひあしあめ」をくれた巫女さんだ。

 が、仄明るい暗がりの中で目が金色に輝いている。

 涼介も怜を気づかいながらも、少しづつ近づいていく。

 巫女さんの瞳を良く見れば、爬虫類のような細長い瞳孔をしている。


「ようこそ、わたしの結界に」


 巫女さんの身体が緋色ひいろに変わり、肌には鱗のようなものができて長く伸びていく。

 まるでそれは大蛇のそれのようだった。


天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ!」


 坂本君が一瞬で距離を詰めて、腰から光剣を引き抜き、かつて巫女さんだった大蛇に斬りかかった。

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