夢の遊園地

koko

第1話 レインボーランドへようこそ


大学生活最後の夏。佐々木海翔はローカル列車の窓に額を預けていた。彼の横では、岡田俊がペットボトルのコーラを片手に、楽しげに景色を指差している。


「おい海翔、見ろよあの山。あれ絶対“遊園地の裏山”って感じだろ?」


「そんなジャンルねぇよ……」


思わず口元が緩む。海翔にとっては、こういう俊の他愛ないひと言こそが、この旅の醍醐味だった。子どものように無邪気に、そして気楽に。大学生活という長いトンネルをもうすぐ抜け出す彼らにとって、この旅行は“終わりの始まり”でもあった。


列車には6人が乗っている。


文学部の海翔。理工学部の慧。教育学部の俊。

そして芸術学部の梨花、経済学部の杏奈、幼教課程の実莉。


「到着〜!レインボーランド駅!」

列車のアナウンスが鳴ると同時に、実莉が嬉しそうに手を叩いた。


改札を抜けると、目の前にはその名の通り虹色のゲートがそびえていた。まるで絵本の中に入り込んだような、ちょっと古いけれどどこかあたたかいデザインの看板。「レインボーランドへようこそ」の文字と、満面の笑みを浮かべた着ぐるみキャラが描かれている。


「うわ〜、レトロ感たっぷりだね」

梨花がスマホを構え、ゲートの上のキャラをパシャリと撮る。


「まだ営業してたんだな、ここ」

慧が少し驚いたように言う。以前、ネットで「閉園するって噂を聞いたことがある」と言っていた。


「そうそう。私が小学生のときに一回来たことあるの。あの観覧車に乗って、雲に手が届きそうだねってお母さんと話したの覚えてる」

実莉が懐かしむように言った。


入園ゲートをくぐると、急に音楽が流れ出す。ワルツ調の陽気なメロディに乗せて、スタッフが笑顔でお辞儀をする。


「いらっしゃいませ、レインボーランドへようこそ!」


その瞬間、何かがピタリと止まった気がした。

時間でも、空気でもなく、胸のどこか——記憶の奥で、海翔は“何か”に触れたような気がした。




メリーゴーランド、ジェットコースター、ミラーハウス、ゴーカート。6人は童心に帰ったようにはしゃぎ回った。写真を撮り、叫び、笑い、何度も「楽しいね」と言い合った。


「この時間がずっと続けばいいのに」

実莉がふと呟いたのは、園内の中心にある噴水広場でのことだった。夕方のはずなのに、空はまだ昼間の様に青々としている。


「……ん? 今って何時?」


杏奈が腕時計を見る。時計は午後5時27分を指していた。確かに、さっきのジェットコースターに乗ったのが4時半頃。園内放送では「閉園時間は6時」と言っていた。


「なんか、空の色おかしくない?」


「え、たしかに……」

海翔が見上げた空は、昼下がりのように明るく、雲ひとつない。しかも太陽の位置が、さっきとほとんど変わっていない。


そのとき、俊が売店の前で異変に気づく。


「おい……これ、さっきと同じスタッフだよな?」


売店に立つスタッフが、完璧な笑顔で「いらっしゃいませ」と繰り返している。しかし——海翔の目には、さっきとまったく同じ仕草と笑顔を繰り返しているように見えた。


「なあ、もしかして……この遊園地、ずっとこのままなんじゃ……?」


言葉にした瞬間、広場の音楽が止んだ。


いや、止んだように“感じただけだった。周りの音は確かにあるはずなのに、それが全て無音の膜で包まれているような感覚を覚えた。


6人は、互いに目を見合わせた。


「……なあ、ほんとに閉園って、あるんだよな?」

俊が小さく言った。


その問いに、誰も答えなかった。


そしてこの瞬間から、彼らの“夢の終わらない旅”が始まったのだった。


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