#3 持つ者、持たざる者。
「じゃあ競技のアンケート取っていきたいと思います!皆ちゃんと手挙げてね!」
壇上に立ち、声を出しているのは球技大会実行委員である笠原。今は帰りのHRを使っての種目決めを行っているところだ。
「じゃあまず男子からね。サッカーやりたいよーって人!」
今回の種目としてエントリーできるのは、サッカーとソフトボールの2種目。随分とベタな選出だが俺としては非常にありがたい。
理由は簡単、俺が野球経験者だからだ。
「サッカーは12人みたいだね。じゃあ次、ソフトボールやりたいよーって人!」
ゆっくりと、目立たない程度の高さで手を挙げる。
「ソフトボールが11人……うん、これなら大丈夫そうかな?」
よしっ、と机の下で軽いガッツポーズ。
隣の席の宮村には見えていたのか、くすくす笑い声が聞こえてくる。
「女子も決めるよー!」
喜びの余韻に浸っていると、女子の種目決めが始まった。競技は確かバスケとバレーボール、宮村は運動はそれなりにできるはずだがどっちをやるんだろうか。
頬杖をつきながら様子を眺めていると、何やらバスケとバレーの人数問題で揉めだした。
バスケをやりたい人が少なく、バレーボール人数が集中してしまっているらしい。
……にしてもバスケ志望者3人は流石に少なすぎでは?
俺がバスケの不人気さに驚いていると、埒が明かないと察した担任がじゃんけんで決めるように促し始めた。うちの担任は割と適当な人なので決まりさえすれば何でもいいといった感じだが、女子達は首を縦に振りたがらない。まあ、運ゲーは嫌だよなそりゃ。
この膠着状態が続けば帰りが遅くなるのは避けられないと誰もが危惧したであろう時、1人の女子が手を挙げる。
「私、バスケに移動で」
その声の主は他の誰でもない、宮村だった。
それに続く形で3人ほど移動を志願する生徒が現れ、なんとか最低人数が集まる。
担任はクソデカため息を吐いていたが、この何となくピリついた空気の女子達を見ていたらその反応にもなるだろう。
なんというか……女子って怖い。
♦︎
放課後、何となく不穏な空気が流れている教室からそそくさと退散した俺はとある場所へと向かっていた。
「暑い、帰りたい……」
7月も半ば、暑さがより一層酷くなっていて汗は止まることを知らない。そんな暑さの中俺がどこへ向かっているかというと……
「あ、きたきた。暑い中ごめんねー!」
赤みがかった茶色のポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくる女子、笠原美奈。
宮村と同じく高一から同じクラスで、まあそれなり?には仲が良いと勝手に思っている。
俺や宮村と違って活発なタイプで、バスケ部に所属かつ次期キャプテン候補とも言われている程のスポーツ女子だ。
「……で、俺をバッティングセンターに呼び出した理由は?」
俺がこの酷暑の中わざわざ来たのは駅近くのバッティングセンター。高校で野球を辞めるまではよく通っていた思い出の地でもある。
ただ、まさかまたここに来ることになるとは思ってもなかった……しかも女子となんて。
「……それ聞いちゃう?」
笠原は淡い笑みを浮かべる。
「憂さ晴らしに決まってるじゃん!」
「……憂さ晴らし?」
到底笠原が言いそうもない言葉に、脳の処理が追いつかなくなる。
「三宅も見てたでしょ?あの種目決めの時の雰囲気!あー今思い出しても腹立つ!」
随分とご立腹なようで、人目もはばからずイライラを存分に放出しまくっている。
笠原は正義感が強い側の人間だ、誰かが移動を申告するまで話し合いすらしようとしない奴らに向けての怒りなんだろう。
「まあ担任もため息吐いてたしな……俺だって見てて良い気分じゃなかった」
「でしょー!だからそのストレス発散にここに来たってわけ!」
今の所その役目が俺である必要性が微塵も語られてないのはさておき、笠原のイライラも限界のようなのでバッティングセンターへと入店。学生達の帰宅の時間ということもあって若干混みあっていたが、なんとか1レーンを確保することが出来た。
「よっしゃー!かっ飛ばしてくよー!」
笠原はバットを構え気合い満々の様子。
運動部とはいえ初心者なので、ひとまず球速は90kmに設定して打ってもらうことに。
「おりゃ!」と掛け声を上げながらバットをフルスイングする笠原。持ち前の運動能力が活かされているのか、バットの芯で捉えた当たりもかなり多い。
ワンセットが終わり、引き上げてきた笠原は額にじんわりと汗をかいていた。
「いやー、なんとかなるもんだね」
「お疲れ。中々上手だったな」
「まあそれほどでも?」
分かりやすいドヤ顔で無い胸を張る笠原。
実際確かに上手かったからそこに文句はないんだが……初心者でも90kmのボールを芯で捉えられるという現実が突きつけられた俺は生まれ持った才能の差に若干肩を落とす。
「ささ、次は三宅の番だよ!」
背中を押され、半ば強制的にバットを握った俺はバッターボックスへと立つ。
先に言っておこう。俺は投手メインであり、打撃は大したこと無かったということを。
「お金入れちゃうよー」
俺が返事をする間もなく笠原がコインを入れ、ピッチングマシンが動き出す。
球速はひとまず100kmに設定してもらったが……うん、流石に大丈夫そうだ。飛んでくるボールは見えてるし、ちゃんとバットの芯で打ち返せてる。
金属バット特有のキーンという音が響く中、ひとまずワンセット、球数にして20球を打ち終えることが出来た。
「笠原、球速120kmにしてくれ」
次の回数分のお金を渡すと、笠原は黙ってサムズアップを返してきた。
ピッチングマシンが動き出す。
先程より気持ち早めにバットを振るも、+20kmとなると途端にボールが見えずらくなり、当たっても芯で捉えることができない。
ここが俺のバッターとしての限界点なのは、今も昔も変わらないってことか。
ワンセットが終わり、汗を拭いながら笠原の元へと戻る。
「お疲れー!なんか飲み物買ってこよっか?」
「あー……悪い、スポドリ頼む」
「ん、おっけー」
駆け足で自販機の方へと向かっていく笠原の背中を見て、俺はふと思う。
あの明るさと行動力があったら、自分の人生はもっと眩しいものになっていたんじゃないか……なんて、僻みでしかないけれど。
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今更ですが、レビュー等々の反応をくださった方本当にありがとうございます。
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