第七話「最後の一匹」

 へい、今夜もお集まりいただき、ありがとうございます。


 お客さん方の顔を見てると、もうすっかり家族みたいな気分になってきました。毎晩毎晩、あっしの与太話よたばなしにつき合ってくださって、本当にありがたいことです。


 さて、昨夜予告した通り、今夜はちょっと重い話を。


 でも、絶望的な話じゃございません。希望の話です。


 実はですね、あっしらうなぎってのは、絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅなんですよ。


 え?何それ?


 あぁ、そうか。この時代には、まだそんな言葉はありませんでしたね。


 つまり、あっしらはどんどん数が減ってて、このままだと世の中からいなくなっちゃうかもしれない、ってことです。


 そこの旦那だんな、「レッドリストに載ってる」なんて言われても、あっし赤くないですからね。真っ黒ですよ、真っ黒。


 冗談はさておき、これは笑い事じゃないんです。


 あっしが子供の頃、御留河おとめがわにはもっとたくさんの鰻がいました。


 上流にも下流にも、あっしの仲間がうじゃうじゃ泳いでた。


 夜になると、みんなでえさを探して、たまに出会うと挨拶なんかして。一匹じゃ寂しい川暮らしも、仲間がいると思うと心強かった。


 ところが、年を重ねるごとに、仲間の姿を見かけることが少なくなってきた。


 最初は、「別の場所に移ったのかな」なんて思ってました。


 でも、だんだん分かってきたんです。


 いなくなったんじゃない。いなくなっちゃったんです。


 川福かわふくの大将から聞いた話ですが、最近は稚魚ちぎょが取れなくなってるんですって。


 昔は春になると、透明な稚魚がわんさか川を上ってきた。それを捕まえて、養殖池で育てるのが当たり前だった。


 ところが、その稚魚がめっきり減ってる。


 なんでも、海の向こうから来る途中で、人間に捕まりすぎちゃうらしいんです。


 値段が高いもんだから、みんな欲しがる。


 稚魚のうちから乱獲されて、大人になれない鰻が増えてる。


 それに、川もだいぶ変わりました。


 あっしが子供の頃の御留河は、もっと自然で、もっと住みやすかった。


 今は護岸工事ごがんこうじでコンクリートだらけ。せきもあちこちにできて、自由に泳げない。


 水も、昔ほどきれいじゃない。


 鰻が住むには、ちょっと厳しくなってきたんです。


 だから、あっしの仲間はどんどん減ってる。


 もしかしたら、あっしが御留河で最後の一匹かもしれない。


 そう思うと、寂しいもんです。


 でも、悲しんでばかりいても仕方ない。


 あっしが今こうして語ってるのも、何かの意味があるんでしょう。


 最後の一匹だからこそ、語らなきゃならないことがある。


 伝えなきゃならないことがある。


 あっしらの生きてきた証を、誰かに残しておかなきゃならない。


 鰻ってのは、どんな生き物だったのか。


 どんな風に生きて、どんな風に愛して、どんな風に死んでいったのか。


 それを知ってもらいたいんです。


 あっしらがいなくなっても、記憶の中では生き続けてほしい。


 語り継がれることで、種族を超えて残ってほしい。


 そちらの奥さん、泣いてらっしゃる?


 いやいや、泣くことはありませんよ。


 確かに、あっしらは数を減らしてる。でも、完全に諦めたわけじゃない。


 人間の中にも、あっしらのことを心配してくれる人がいるんです。


 川をきれいにしようとしてくれる人。


 魚道ぎょどうを作ってくれる人。


 乱獲を止めようとしてくれる人。


 そういう人たちがいる限り、希望はあります。


 それに、あっしが今こうして語ってることで、皆さんも鰻のことを少しは理解してくださったでしょ?


 それだけでも、大きな一歩です。


 知ってもらうことから、すべてが始まる。


 関心を持ってもらうことから、変化が生まれる。


 あっしが最後の一匹でも、皆さんの心の中に鰻が住み着いてくれれば、それでいいんです。


 皆さんが鰻を食べる時、ちょっとだけ思い出してくれればいい。


「あぁ、あの与汰郎よたろうが言ってたなぁ」って。


「この鰻も、きっといろんなことを体験して、いろんなことを感じて生きてきたんだろうなぁ」って。


 そう思ってもらえれば、あっしらの命も無駄じゃない。


 語った甲斐かいがあるってもんです。


 最後の一匹って言うと、なんだか寂しく聞こえるけど、考えようによっちゃ特別な存在でもあるんです。


 種族の記憶を一身に背負って、その証を語り継ぐ使命を与えられた。


 それって、ちょっとカッコいいじゃないですか。


 だから、あっしは胸を張って語り続けます。


 鰻として生きた誇りを込めて。


 仲間たちの分まで背負って。


 最後まで、あっしらしく。


 もちろん、本当は最後の一匹じゃないかもしれません。


 どこかに、まだ仲間が隠れてるかもしれない。


 新しい命が、今も海の向こうで生まれてるかもしれない。


 でも、たとえあっしが本当に最後の一匹でも、それはそれで意味があるんです。


 語ることで、記憶に残る。


 心に住み着くことで、永遠に生き続ける。


 それが、あっしの見つけた希望です。


 ……今夜はこれまで。


 皆さん、お疲れさまでございました。


 明日は、いよいよ最後のお話です。あっしがこの寄席よせを去る時の話を。


 でも、別れの話じゃありません。始まりの話です。


 語り終えることで、新たに始まることがある。


 そんなお話をさせていただきましょう。


 それでは、また明日。最後の夜まで。

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