第四話「鰻もの申す」

 さぁさぁ、今夜もお集まりいただき、ありがとうございます。


 あっしの話も四回目。お客さん方も、もうすっかり慣れたご様子で。そちらの旦那なんて、ひざを乗り出して聞いてくださってる。ありがたいことです。


 さて、今夜は少々つらい話をさせていただきましょうか。


 あっしがね、人間の皆さんに一言ひとこと物申したいことがあるんです。


 え?うなぎのくせに生意気なまいきだって?


 いやいや、そんなこと言わずに聞いてくださいよ。当事者の声ってやつです。


 あっしが長年住んでた御留河おとめがわ、昔はそれはそれは美しい川でした。


 水はき通って、川底の石ころまで見える。夏には子供たちが泳いで、あゆやヤマメがぴちぴちねてた。


 ところがですね。


 あっしが大きくなるにつれて、その川がどんどん変わっていくんです。


 まず最初に気がついたのは、水の匂いでした。


 何だか妙な匂いが混じるようになった。工場から流れてくる何やら変な水。田んぼから流れてくる薬の匂い。


「おかしいなぁ」


 って思ってると、今度は川底にヘンなものが沈んでるようになった。


 缶だの、袋だの、得体えたいの知れない固いもの。あっしが泥に潜ろうとすると、ガリっと音がして、何だか痛い。


 でも、それくらいなら我慢できました。


 本当に困ったのは、せきができた時です。


 ある日突然、川の流れが変わった。上流に向かって泳ごうとしても、どうしても進めない。


 巨大なコンクリートの壁ができてて、水の流れをせき止めてる。


 あっしは必死に飛び跳ねました。何度も何度も、体をくねらせて壁を登ろうとした。


 でも、つるつるすべって登れない。


「なんで、こんなもの作るんだよ」


 って、あっしは思いました。


 川ってのは、流れるもんでしょ?上から下へ、海から山へ、自由に行き来するもんでしょ?


 それを真っ二つに分けて、どうするつもりなんですかね。


 魚の気持ち、考えたことあります?


 生まれた川に帰りたくても帰れない。産卵のために上流に向かいたくても、途中で道を塞がれちゃう。


 人間だって、故郷こきょうに帰る道を塞がれたら困るでしょ?


 でもね、あっしは人間をうらんでるわけじゃないんです。


 堰を作る理由だって、きっとあるんでしょう。洪水を防いだり、電気を作ったり。人間の暮らしに必要なのは分かります。


 ただ、ちょっとだけお願いがあるんです。


 魚道ぎょどうってのを作ってもらえませんかね。


 あっしらが通れる小さな道。それがあるだけで、随分ずいぶん違うんです。


 そうそう、川福かわふく親父おやじさんが教えてくれたんですが、最近はそういう魚道を作る堰も増えてるんですって。


 ありがたいことです。


 それから、もう一つ。


 ゴミの話。


 あっしらには、プラスチックだの金属だの、区別がつきません。


 腹が減ってりゃ、何でも口に入れちゃう。


 でも、消化できないもんは消化できない。体の中で詰まって、苦しい思いをするんです。


 川にゴミを捨てる時、ちょっとだけでいいから、あっしらのことも思い出してもらえませんかね。


 まぁ、こんなこと言うと説教臭いって言われそうですが。


 でも、不思議なもんで、あっしが住んでた川にも、優しい人たちがいたんです。


 毎朝、川沿いを散歩しながらゴミを拾ってくれるおじいさん。


 「今日もきれいな川だなぁ」


 なんて言いながら、缶やペットボトルを袋に入れてくれる。


 川で遊ぶ子供たちに、


「ゴミは持って帰るんだよ」


 って教えてくれるお母さん。


 そういう人たちを見てると、あっしも嬉しくなりました。


 人間の中にも、川のことを思ってくれる人がいる。あっしらのことを考えてくれる人がいる。


 だから、あっしは人間が嫌いじゃないんです。


 ただ、ちょっとだけ知ってもらいたかった。


 川の中にも、命があるってことを。


 小さくて、目立たなくて、声も出せないけど、確かに生きてる命があるってことを。


 コンクリートで固めちゃうと、そこに住んでた虫も、魚も、みんないなくなっちゃう。


 薬を流すと、川の底の小さな生き物から順番に死んでいく。


 でも、ちょっとした工夫で、一緒に暮らせるんです。


 人間も魚も、川も森も、みんな一緒に。


 実際、澪ノ町みおのまちの御留河は、そんな川になりつつあるんですよ。


 昔に比べれば、ずっときれいになった。魚道もできて、鮎も戻ってきた。


 あっしがこうして語ってるのも、きっとその影響でしょう。


 川がきれいになると、不思議なことが起こるもんです。


 ……なんて、今夜は偉そうなことを言っちゃいました。


 でも、これがあっしの本音です。


 人間を責めたいんじゃない。一緒に暮らしたいだけなんです。


 川で、山で、海で。


 みんなが幸せに暮らせる世界を、あっしは夢見てるんです。


 今夜はこれまで。皆さん、お疲れさまでございました。


 明日は、もうちょっと楽しい話をしましょう。あっしが蒲焼かばやきにされそうになった時の話なんぞいかがでしょうか。


 案外、笑える話なんですよ。


 それでは、また明日。川の夢とともに。

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