第二話「性定まらず」

 はいはい、お客さん方。昨日はお疲れさまでございました。


 今夜もまた、あっしの話にお付き合いいただけますかね。そちらの奥さん、今日は逃げずに座ってくださって、ありがとうございます。慣れたもんですな。


 え?今日は何の話かって?


 そうですねぇ、今夜は少々ややこしい話でも。あっしの「せい」の話なんぞいかがでしょう。


 あ、そこの旦那。顔を赤くしなさんな。いやらしい話じゃございませんよ。オスかメスかって話です。


 実はですね、あっしらうなぎってのは変わってまして。生まれた時にはオスかメスか決まってないんです。


「えー、そんなバカな」


 って思うでしょ?でも本当なんですよ。あっしも長いこと、自分が男か女か分からずに過ごしてました。


 川を流れながら、よく考えたもんです。


「あっしって、一体何者なんだろう」


 透明だった頃は存在してるかどうかも怪しかった。やっと色が付いて鰻らしくなったかと思ったら、今度は性別が分からない。


 まぁ、困ったもんです。


 でもね、川の先輩方に聞いてみたら、これがまた面白い話でして。


 密度の高いところ、つまり仲間がぎゅうぎゅう詰めのところにいるとオスになりやすい。ゆったりしたところにいるとメスになりやすい。


 なんて言うかねぇ、満員電車みたいなもんでしょうか。ぎゅうぎゅう押し込まれてると、「もう小さいままでいいや」ってなって、オスになっちゃう。


 広々したところにいると、「よし、大きくなるぞ」ってなって、メスになる。


 あっしの場合はですね、運良く御留河おとめがわの上流、比較的のんびりしたところに住み着いたもんですから、メスになりかけたんです。


 ところがどっこい。


 そこへ人間がせきを作りまして。上流の鰻たちがみんな同じところに押し込められちゃった。急に過密状態。


「あ、これはオスになるパターンだな」


 って、あっし、なんとなく分かったんです。体の奥の方で、何かがきゅっと縮まる感じ。


 でも、面白いのはここからです。


 しばらくして、その堰が台風で壊れちゃった。鰻たちはばらばらに散らばって、またゆったり暮らし始める。


 そうしたら、あっしの体がまた変化し始めたんです。今度はメスの方向に。


「おいおい、どっちなんだよ」


 って、自分で自分にツッコミ入れたくなりました。


 でもね、しばらくしてから気がついたんです。


 これって、別に悪いことじゃないなって。


 だって、周りの環境に合わせて変われるってことでしょ?無理に決めつけなくても、その時その時で一番いい形になればいい。


 人間の世界でも、そういうことってありませんか?


 子供の頃は活発だったのに、大人になったら静かになったとか。昔は内気だったのに、今は積極的になったとか。


 それと同じようなもんじゃないでしょうか。


 あっしは結局、最後まで完全にはオスにもメスにもならずじまい。中途半端なまま、川福の親父さんに捕まっちゃった。


 でも、それでよかったんだと思います。


 だって、あっしが完全にメスになってたら、遥か南の海まで卵を産みに行かなきゃならなかった。完全にオスになってたら、メスを追いかけて海に出なきゃならなかった。


 どっちにしても、こうして皆さんの前でお話しすることはできなかったでしょう。


 あっしは流され損ねて、性も定まらず、でもその分、こうして語ることができた。


 案外、中途半端ってのも悪くないもんです。


 そちらの若いお嬢さん。何かお悩みでも?


 あぁ、将来のことで迷ってらっしゃる?


 いやいや、迷って当然ですよ。あっしなんて、死ぬまで自分の性別が分からなかったんですから。


 でもね、迷ってる間も、ちゃんと生きてるんです。悩んでる間も、確実に前に進んでる。


 性が定まらずとも、川は流れる。


 心が決まらずとも、時は過ぎる。


 それでいいんじゃないでしょうか。


 あっしが学んだのは、そういうことです。環境が変われば、自分も変わる。それが自然ってもんです。


 無理に型にはめようとしなくても、その時その時で、一番いい自分になればいい。


 オスでもメスでも、どっちでもなくても、あっしはあっし。皆さんは皆さん。


 それが一番自然で、一番楽で、一番美しいんじゃないかって、あっしは思うんです。


 ただ、一つだけ困ったことがありまして。


 性別が定まらないもんだから、恋というものをしたことがないんです。これがまた、寂しいような、楽しみが残ってるような。


 まぁ、その話はまた今度にしましょう。


 今夜はこれまで。皆さん、お疲れさまでございました。


 明日もまた、あっしの与太話よたばなしにお付き合いくださいませ。今度は川底でのお話でも聞いていただきましょうか。


 川の流れは変わらずとも、流れる水は日々新しい。


 そんな風に、あっしたちも少しずつ変わりながら、それでも確かに続いていく。


 それでは、また明日。

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