第九話 世界への拡散
2026年4月、韓国釜山。
名古屋から逃れた王建国の組織は、新たな拠点を韓国に設立していた。
釜山港を経由した薬物拡散作戦が本格化し、韓国社会に深刻な影響を与え始めていた。
「韓国でも同様の事態が発生しています」
韓国国家情報院の報告に、文在寅大統領は愕然とした。
釜山の高校生200人以上がフェンタニル中毒で倒れ、韓国政府は非常事態宣言を発令した。
日本の惨状を目の当たりにしていたにも関わらず、韓国も同じ運命を辿ることになった。
台湾でも薬物汚染が急速に拡散していた。
台北の夜市で配布された「健康ドリンク」にフェンタニルが混入されており、観光客を含む数百人が中毒症状を呈した。
「これは〇国本土からの攻撃だ」
蔡英文総統は緊急記者会見で、〇国による薬物テロの可能性を示唆した。
台湾海峡の緊張が高まる中、薬物汚染という新たな脅威が台湾社会を揺るがしていた。
ワシントンD.C.では、トランプ大統領が日本に対する追加制裁を発表した。
「日本は薬物テロの温床となった。これ以上の拡散を防ぐため、完全な経済封鎖を実施する」
日本製品の輸入完全禁止、日本企業の米国資産凍結、日本人の入国永久禁止。
制裁は史上最も厳しいレベルに達した。
円相場は1ドル400円台まで暴落し、日本経済は完全に破綻した。
国連安保理では、〇国の関与について激しい議論が交わされた。
「王建国は〇国人民解放軍の元特殊部隊員だ。これは国家テロだ」
アメリカ代表の発言に、〇国代表は激しく反発した。
「根拠のない誹謗中傷だ。〇国は薬物犯罪を断固として非難する」
しかし、王建国の経歴や組織の規模から、国家レベルの支援なしには不可能という見方が強まっていた。
ヨーロッパ各国では、日本発の薬物汚染に対する警戒が最高レベルに引き上げられた。
「我々は日本の二の舞にはならない」
ドイツのメルケル首相は、厳格な水際対策を発表した。
しかし、既にアムステルダム、ロンドン、パリで「アロマペン」の密売が確認されており、ヨーロッパへの拡散も時間の問題だった。
日本の経済崩壊は、世界経済にも深刻な影響を与えていた。
「世界GDP成長率は前年比マイナス2%に転落する見込みです」
IMFの報告に、各国政府は震撼した。
日本が世界第3位の経済大国から脱落したことで、グローバル・サプライチェーンが大混乱に陥った。
自動車、電子機器、精密機械の供給不足により、世界中で製造業が停滞した。
薬物汚染により居住不可能となった日本から、大量の難民が発生した。
「日本人難民が100万人を超えました」
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の報告に、国際社会は困惑した。
しかし、薬物汚染への恐怖から、多くの国が日本人の受け入れを拒否。
日本人は事実上の「無国籍者」となった。
王建国は、ヨーロッパでの作戦準備を進めていた。
「日本での成功を受けて、次はヨーロッパ全土を制圧する」
彼の手には、新型薬物「ウルトラフェンタニル」の製造技術があった。
従来の1000倍の毒性を持つ究極の化学兵器だった。
重傷を負い意識不明だった美咲が、ついに目を覚ました。
病院のベッドで、彼女は父の写真を握りしめていた。
「お父さん...私がきっと復讐する」
美咲は王建国への復讐を誓った。
しかし、彼女一人の力で世界規模の陰謀を止めることができるのだろうか。
2026年夏、世界は薬物汚染の恐怖に震えていた。
日本は完全に機能停止し、韓国と台湾でも同様の事態が進行中。
ヨーロッパでも薬物拡散の兆候が現れ始めていた。
王建国の野望は止まることを知らず、世界規模の薬物汚染という人類史上最悪の危機が迫っていた。
一粒の白い粉末から始まった悪夢は、ついに地球規模の災厄となった。
人類の文明そのものが、薬物という見えない敵によって内部から破壊されていく。
そして、この絶望的な状況の中で、美咲だけが最後の希望として立ち上がろうとしていた。
―第九話 終―
最終話:「最後の戦い」
2027年、名古屋駅前。
かつて金時計があった場所には、フェンタニル中毒者のための緊急医療テントが設置されていた。
美咲は18歳になったが、大学進学の夢は諦めざるを得なかった。
家族を失い、街を失い、未来を失った彼女の目には、もう希望の光は見えなかった。
「こんなはずじゃなかった...」
名古屋の街を見下ろしながら、美咲は呟いた。
一粒の白い粉末から始まった悪夢は、ついに一つの都市を破壊し尽くした。
そして、この悪夢は他の都市にも静かに広がり始めていた。
日本の未来は、白い粉末と共に闇の中に消えていく。
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